■霊性史につらなる人々
各章では、近現代日本における霊性の表現者たちが掘り下げられている。最初に取りあげられているのは、
山崎弁栄(べんねい)である。曰く「山崎弁栄ほど、霊あるいは霊性という術語を積極的かつ多様に用い、霊の形而上学とよぶべき構造をもって語り得た人物はいない」(p.23)と。
信心に篤い父の影響を受け、21歳で出家し浄土宗の僧となった弁栄。53歳で「光明主義」という一派を樹てたが、宗門からは異端者として見られ、批判も浴びた。
弁栄は、肉体の奥底には仏性という霊性が宿っており、それを開発すれば自己と宇宙(弁栄の文脈では「無限の絶対者」の意)は合致すると説いた。
また、弥陀とキリストの神は同じものの異なる名前だとも説いたという。
浄土宗の高僧でもあった弁栄のこうした教説は当時、相当に飛んだ言葉として周囲を驚かせただろう。今ならば、「宗教間対話」や仏教とキリスト教とのイディオム上の比較論としてむしろ好意をもって了解され得るかもしれないが、
弁栄は大正時代にこうした見解を語ったのである。本書が注目するのは、ギリシャや西洋の哲学思想、キリスト教の教説を引き受けつつ解釈し、それを「霊性」という視座から自身の言葉として表現したこうした弁栄のダイナミックさだ。
人間は如来の愛を受けた子であり、偏在する絶対なる如来が人間を救うためにその一個人の霊性の中に溶け入ってこようとしている―ということも弁栄は述べている(pp.49-54)。弁栄は「如来の使者」を自認していたというが、本書はこの点に「霊性」の発露をみている。