真理との邂逅 高級霊のメッセージ    無限なる愛と無限なる叡智をあなたへ

最高の悟り。汝、汝自身を知れ、知れば吾は神なり(全ては神)。

「地上で有名だった人とは別に、そちらえ行ってから有名になった人がいるものでしょうか」

 

 

 

 

「もちろんですとも。地上での名声は単なる”生まれに由来し”ほかに何の原因もない場合が多いものです。

 

生きざま、努力、苦労によって勝ち得たものでないばあいが多いのです。

 

そうした中で、全く名を知られず偉大さを認められなかった人物が、こちらに来てそれ相応しい評価を受けている人が大勢いるものです。

 

魂こそ消すに消せないパスポートなのです。」

 

 

            シルバーバーチの霊訓(2)

               9章 この世、そしてあの世

             シルビア・バーバネル編 近藤千雄訳

 

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備考、オーラに刻まれている。皆さん頑張って霊性を向上させましょう。

                            霊性進化途上の管理人。

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追記、霊性はコップで水を飲むように一揆には上がらない。一歩一歩です。

    皆様の霊性進化に役にたてば本望でございます。

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シルバーバーチ最高の言葉

霊訓の原文1霊的真理の光は少しづつ暗闇を貫いていくものですの最後の言葉、

「私たちは、いつも永遠の尺度でものを見つめながら仕事を進めているのです」

ラクルです、感動以外の何ものでもありません。

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ジョセフ・スクライヴェン 讃美歌「いつくしみ深き」の作者

 

讃美歌「いつくしみ深き」の作者

                           ジョセフ・スクライヴェン

 

「 いつくしみ深き 」 (讃美歌312番) は世界的に愛唱されている慰めに満ちた讃美歌です。

 

作詞者は ジョセフ・スクライヴェン ( 1819~86 ) という人です。 彼はアイルランドの裕福な家庭に生まれ、名門トリニティ大学の出身でした。 卒業してから、幸せな結婚式を直前にひかえ、その前日、 婚約者が突然、溺死するという不幸に見舞われました。  

 

彼は深い心のうめきをいだきながら、新しい生き方を求め、25歳の時、カナダに移住し、 学校の教師をしていました。 この悲しい出来事から、彼は気の毒な人々の奉仕に、残る自分の生涯と全財産をささげようと 決心しました。

 

近くに夫を亡くし子どもを抱えて大変生活に困っている主婦がいましたが、 のこぎりと斧(おの)を持って彼女の家を訪れ、冬に備えてたくさんの薪(まき)を用意するなど 不幸な人々や貧しい人々への奉仕に励んだのです。  

彼に一瞬、春がふたたびよみがえったと思う時が来ました。

エリザという女性と愛し合う仲となり、婚約までこぎつけたのです。 しかし明るい希望が見え始めた時、彼女は結核におかされ、1860年、ついに帰らぬ人となりました。

 

彼は一度ならず二度までも婚約者に先立たれるという痛ましい不幸に出会ったのです。 深い落胆と孤独にさいなまされながら祈りの中にその心を注ぎ出し、主を仰いだ時に、 深い慰めと平安を得ました。  

 

彼は同じように嘆き悲しみ自分を案じている故郷の母を慰めるために、この讃美歌を作り、 自分の今の思いを伝えました。

 

他人に見せる気は少しもありませんでしたが、 後に彼の友人がその写しを見つけ、讃美歌集に紹介されてから広く知られるようになりました。  

「雨にもマケズ」宮沢賢治と同じですね。     註釈 蒼氓。

 

1886年、彼は体調をくずし、近くの友人の家に引き取られて療養していましたが、 ある日、体力がないのに付近の湖畔で祈ろうとして外に出たところ、 誤って用水路に落ちて溺死してしまいました。

 

発見された時の彼は、

 

手を組んで祈っている姿だったということです。

 

そして1920年、彼が亡くなったライス湖畔に、この讃美歌を刻んだ記念碑が建てられました。

 

悲しみと絶望の中にあった彼が作った歌だからこそ、

今も多くの悲しむ人や希望を求めている人たちに 共感され、いつまでも愛され、歌い継がれる讃美歌として広まったのでしょうね。

教会での結婚式やお葬式でもよく歌われる代表的な讃美歌ですね。 

 

クリスチャンでない人でも、一度は聞いたことのある歌詞やメロディなのではないでしょうか。

 

 

 

讃美歌316番  いつくしみ深き

 

                           作詞:Joseph M.Scriven,1855 作曲:Charles C.Converse,1868    

 

 

いつくしみ深き 友なるイェスは 罪とが憂いを 取り去り給う    

心の嘆きを 包まず述べて などかは下ろさぬ 負える重荷を

 

いつくしみ深き 友なるイェスは 我らの弱きを 知りて憐れむ  悩み悲しみに 沈めるときも 祈りに応えて 慰め給わん

 

いつくしみ深き 友なるイェスは 変わらぬ愛もて 導き給う     世の友我らを 捨て去るときも 祈りに応えて いたわりたまわん 

 

 

 

 

 

  

 

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備考、

 今の今まで、知りませんでした。感動して、涙したので載せます。

            

 

いつくしみ深き  友なるイエス 

                                       

愛に満ち満ちています。                                                  

 

                                                                                                             蒼氓。

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バイブレーションとはなにか

            (バイブレーションとはなにか)  

 

生命のあるところには必ず運動があり、リズムがあり、鼓動があり、バイブレーションがあります。生命は活動せずにはいられないものです。静止したり惰性的になったりするものではありません。生命には常に運動が付随します。その運動を理解し、その意味を理解するには、まずその定義から始めなければなりません。

私がバイブレーションという時、

それはエネルギーの波動の形で顕現している生命のことで、無数の生命形態ないしは現象の一つを指しています。存在するものはすべて振動し、何かを放射し、活動しています。私たちがこうして地上へ働きかけることができるのもバイブレーションのおかげです。

私たちはふつう物的感覚の領域を超えたバイブレーションの世界で生活しております。言わばオクターブの高い世界です。霊的エネルギー、霊的パワー、霊的現象はことごとく

物質より感度の高い、微妙なバイブレーションから成り立っております。  

地上のように物質に浸りきり包み込まれている世界と交信するためには、次の二つのうちどちらかの方法を取らなければなりません。

 

すなわち、人間の側がその低いバイブレーションを高めてくれるか、それとも私たち霊の側がその高いバイブレーションを下げるかのどちらかです。

 

両方が歩み寄れば・・・・誰しもそうお考えになるでしょう。

ところが、どうしてどうして、なかなかそううまくは行かないのです。

いつも私たちの方が遠路はるばる下りて来なければなりません。

地上世界からの援助は多くを望めないのです。

この霊媒(モーリス・バーパネル)を使ってしゃべるために私は私の本来のバイブレーションを下げております。

その状態から脱け出て私の本来の界へ戻る時は、その界に合った意識を取り戻すためにバイブレーションを加速しなければなりません。

 

こうしたことは全てバイブレーションの操作によって行われるわけです。それを簡単に説明するにはバイブレーションという用語しか見当りません。

 

それにしても、長いあいだ霊的な分野のことにはいっさい耳を貸さず目を瞑ってきた科学者が、今になって物質の世界の謎を解くカギはバイブレーションにあるという認識をもち始めたことは興味ぶかいことです。

 

             『シルバー・バーチの霊訓(3)』(近藤千雄訳)    

                                                                                       

 

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 参考、

すべての物質は、固有の振動数を持つ。 マックス・プランク

ドイツの物理学者 量子論創始者の一人 量子論の父 ノーベル物理学賞受賞者 1858〜1947

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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霊的向上の道は自分で切り開かないといけない。

 

 

危険信号が見えた時は、いつも注意してあげているのですが、それが無視されて病気になる人がいるのは残念です。 が、全てはその人の責任というのが、私たち霊の教えの基本です。 許されることなら、代わって荷を背負ってあげたいと思ったことが何度もありました。 が、霊的向上の道は自分で切り開かないといけない以上、それは許されないのです。

 

 

                   シルバーバーチの霊訓 (11)

 

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もしも私がある人にとっての真理を説き、それを聞いてあなたが “私には信じられません” と正直に言っても、私は不愉快には思いません。

あなたへの愛の気持ちは少しも減りません。 なぜなら、あなたはこの地上で、あなたなりの理性、あなたなりの良識を使い、納得しないものは拒絶することで自己開発するようになっているからです。 その最終的な裁定者として、私が敬意を表している理性によって、あなたの賛同を得ることが出来なければ、それは私が役に立たなかったことを意味します。

 

                    シルバーバーチの霊訓(11)

 

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魂というものは開発されるほど単純さへ向かいますが、同時に奥行きを増します。

単純さと深遠さは 同じ棒の両端です。

 

作用と反作用とは科学的に言っても正反対であると同時に同一物です。

進歩は容易に得られるものではありません。

もともと容易に得られるように意図されていないのです。

われわれはお互いに生命の道の巡礼者であり、手にした霊的知識という杖が困難に際して支えに なってくれます。その杖にすがることです。

霊的知識という杖です。それを失っては進化の旅は続け られません。

 

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魂というものは開発されるほど単純さへ向かいますが、同時に奥行きを増します。単純さと深遠さは同じ棒の両端です。

 

私はつねづね二つの大切なことを申し上げております。一つは、知識の及ばない領域に踏み込むときは、その知識を基礎とした上での信仰心に頼りなさいということです。

それからもう一つは、つねに理性を忘れないようにということです。

理性による合理的判断力は神からの授かりものです。あなたにとっての合理性の基準にそぐわないものは遠慮なく拒否なさることです。理性も各自に成長度があり、成長した分だけ判断の基準も高まるものです。一見矛盾しているかに思える言説がいろいろとありますが、この合理性もその一つであり、一種のパラドックス(逆説)を含んでいますが、パラドックスは真理の象徴でもあるのです。

 

                                                 シルバーバーチ霊訓(6)

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参考、 

  

信仰と理性  

 

「神を感じるのは心情であって理性ではない。信仰とはそのようなものである。」

パスカルが言うように、信仰には理性を超えたところがある。古典的な三段論法を使えば、次のようになるだろう。

 もしも神がすべての存在に先立つ「存在」であり、われわれがその中に生きている自然も神の創造によるものだとすれば、まさしく神は自然を無限に超えていると言うべきである

ところで信仰とは、その神を信じることである。とすれば、信仰とはまさに超自然的行為に他ならない。  自然のものごとにさえ理性を超えたものが無数にある。

超自然的なことについては言うまでもないだろう。  だが、それは理性の役割を否定することでは決してない最初から理性を無視するようなら、それは信仰ではなく、迷信や盲信と呼ぶべきである

 

パスカルはこうも言っている。

理性の最後の歩みは、理性を超えるものが無限にあるということを認めることにある。それを知るところまで行かなければ、理性は弱いものでしかない。」

ただし、気を付けよう。これは理性を徹底的に行使し、理性によってとらえられる限界までものごとを追求することを前提として述べられているのである。

その上で、理性は自らの限界を認め、限界を超える領域については、心情のはたらきにゆだねる ―― これこそ、すぐれて理性的行為と言うべきだろう。

 

警戒すべきはむしろ「理性を排除すること」と「理性しか認めないこと」という「二つの行き過ぎ」である。  

 

信仰と理性は両立できないというのは、だから間違った先入観である。

だれも自分が知らないことについては確信がもてないように、信仰も、学び知る努力を伴わなければ人は神を信じることもその教えを受け入れることもできないのである。

より良く知ることによって理性が納得し、心情が同意したとき、はじめてそれは深い信仰となりうる。

パスカルにならって言えば、「理性の服従と行使、そこに真のキリスト教がある。」

 

 

                

     

 

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心身の神癒ー主再び語り給う

 

 

この、『心身の神癒―主再び語り給う』は、

私の生涯で、最も真実であると感銘を受けた著書の一つです。

(すでに絶版になっています。) 

 

この、『心身の神癒―主再び語り給う』の著者であるマクドナルドペイン氏は、 その講話の中で、キリスト意識によって、下記のように紹介されています。

 

『われわれの愛するこの同胞〔著者〕は  若いときに〔真〕の祈り方を教えられた。

子供の頃よりすでに霊導されていたので、彼の生涯は波瀾万丈であり、  多くの人々に聞かしてやりたい程である。

 

彼は生まれつきの霊媒であり、

まだいたいけない子供の頃に すでに顔が触れ合わさんばかりにわたしの顔を見たことがある。  

 

これなどは彼の数多い体験のひとつであった。  

大師達の法話の媒体となる方法を学ぶために彼はヒマラヤに連れて行かれ、  

その結果わたし自身が彼に懸(か)かれるようになったのである。  

やがて彼が世に出る時が来た。  

 

健康に恵まれ、その魂は若い。  われわれはこれから先も長期にわたって彼を肉体の中にとどめておきたい。  

なぜなら、この地上における彼の仕事はまだ終わってはいないからである。 』

                

                                           (心身の神癒 第3話より)

 

 

すなわち、キリスト意識をできるだけ純粋に (フィルターがかからない状態で)全人類に伝える為に、 いろいろと学んできた方ということです。

 

さて、講話は全14話あり、(現在第2話までご紹介しています) 何度も読めば読むほどに新たな気づきと、心底からの安らぎを覚え、 また、深い感銘を受けています。

 

そのため、これを読んだ後には、 静かで穏やかな安らぎに満たされ、愛の心に包まれます。

 

 

 

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参考YOUTUE動画 奇跡体験 アンビリバボー 死後の世界は存在する 

著書 プールフ・オブ・ヘブン 脳神経外科医が見た死後の世界 エベンアレグサンダー。

 

 

【ハーバードの脳神経外科医が自身の臨死体験を語る】「プルーフ・オブ・へブン」を超えた対話DVD    

                                                                                  動画。

 

  

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 しばらくお待ちください。ダブルクリックで

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備考、

妹、ベッツイはあの時、私の記憶の中に存在しない死者ですだから古い記憶が混ざった幻覚ではありえない

 

死者とあえる、幻覚ではない世界、それはもう、

死後の世界しかありえない。

 

そう私は確信いたしました。

           エベン・アレグサンダー。

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備考、

youtue動画。

 

 いかに 愛が全ての存在の本質であるか。

<

 しばらくお待ちください。ダブルクリック。2分4秒から・・・

 

  

「プルーフ・オヴ・ヘブン」を超えた対話の中DVD予告。動画の中で2:05秒あたり。

信じがたいほど神聖で愛に満ちた存在がー

光るオオブのようなものと、遭遇したといっています

 

 

おそらく、私の個人の考えでは、光輝く高級霊です

 

                                蒼氓。

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あらゆることのうち最も重大なのは

 

 

3

 

あらゆることのうち最も重大なのは、

 

神のみが生きてい給うのであり、その神が今の今御自身を顕現しつつあるのを認めることである。

 

わたしの中に常に留まっておられるのは父であり、父が父御自身の業をしていらしゃるのである。

 

この事も又あなたたちは悟らなければならない。

 

 

                                      心身の神癒

                                                                               277p

 

 

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