真理との邂逅 高級霊のメッセージ   

 「わたしは生命である」神の生命がわたしの中で生き給うが故にわたしは生きている。生命は神であり神は生命である。 心身の神癒 第6話6 *****あらゆることのうち最も重大なのは、神のみが生きてい給うのであり、その神が今の今御自身を顕現しつつあるのを認めることである。私の中に常に留まっておられるのは父であり、父が父御自身の業をしていらっしゃるのである。

神は我が身にあり

 

 

神は我が身にあり

 

 政木先生の講演会開催の時は、いろんな講演テーマを考え て、その都度先生にお願いしておりましたが、先生は口ぐせの ように、

 

「本当に皆さんにお伝えしたいのは、この“神は我が身 にあり”ということなんですよ」

と、おっしゃっておられました。

 

そ の頃はまだ、先生の真意が十分に理解できていなかったので すが、今思い返してみれば、神=我が身(第一生命体)だった ようです。

古神道の言霊的な解釈によれば、自分とは、みずか ら(自ら)<神なるものから>わかれた(分かれた)ものだそう です。

 

研究所には、先生に書いていただいた

 

他人に 倖せを与えれば我が身に神宿という色紙が 飾ってあります。

このメッセージから受ける印象 としては、神は外から来る感じですが、神をよく 知らない人を意識して、理解しやすい表現をさ れたもので、この場合、周りに幸せを与えれば、 人間に宿っている本心の心第一生命体が輝き出しますよ、 とおっしゃられたものと思います。

また、先生は目先の欲望を 捨てれば、生命体のエネルギーが前面に出てきて、不可能は なくなるといわれています。

この場合も、欲望(自我の心=自 分の力を捨てれば、生命体のエネルギー(本心の心=神の 力が出てきて、不可能はなくなると理解することができます。

 

 いずれにしても、先生が最も伝えたかったことは、

 

人間は神 そのものですよ(人間=第一生命体=本心の心)、

だから、早 く神の存在に気づいた方がいいですよ」ということではなかっ たかと思います。

これも政木先生ご自身の体験(無神論から有 神論になって、かつ神に頼らない)からのメッセージだと思いま す。以上の解釈は、少し独断的すぎるかとは思いますが、たた き台のつもりで、少し切り口を変えてトライしてみました。こんな 理解の仕方もあるかな?、といった感じでお読みいただきたいです。

 

 

 

 

 

政木和三 出典: フリー百科事典

ウィキペディアWikipedia)』

 

 

  政木 和三(まさき かずみ、1916年5月26日 - 2002年8月6日)は、日本の発明家、スピリチュアリストである。 彼は自身の発明したほとんどの特許を手放し、技術の無償提供を行った。

 

 

発明家としての面

彼は発明の能力に優れ、発明品の数は1000件以上にのぼる(物的証拠のあるもので1000あまり、それ以外を含むと3000件近いという)。発明した具体的なものには、自動炊飯器、自動ドア、歯科用ドリル、魚群探知機などがある[2]。 また、彼の技術によって、カラーテレビの低価格化が実現された[3]。 政木は自身の特許の多くを手放した。これにより社会的に技術革新が進んだ。なぜなら、彼の技術の公開が一般人や企業の新製品開発につながったからである。 彼は発明品を創るにあたり、一瞬で設計図が頭にひらめくことがあったという

 

 

スピリチュアリストとしての面

政木はスピリチュアルな体験、経験を数多くした。 発明の際の特定のインスピレーションもその一つである。また彼は、「人々が幸せになる発明をしなさい」という啓示的信号を受けた。 政木は後年、これら自身のスピリチュアルな経験や、真理が自然の中にあることなどを、講演活動で伝えた。

 

 

 

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参考、

 

 

神はあなたの中にいる 神は無限であり、広大な果てしのない存在です。

神はすべてを包み込む存在です。

神はあなたの中にいます。 あなたの周りにいます。

あなたは神の中で生活し、神の中に存在しています。

 

 

 

           ホワイト・イーグル 故郷に帰る道

 

 

 

 

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Teas ln heaven( 天国の涙) 名声と成功の裏にあった 人生の苦悩と悲哀。

 

 

 

 

 

 

 

しばらくお待ちください。

 

 

 

 悲劇をポジティブな何かに

           変えるしかなかった

                    ERIC

                    CLAPTON

 

 

 

 

1991年3月20日、エリック・クラプトンの息子のコナーが当時住すんでいたマンションの53階から転落死するという痛ましい事故が起こります。

まだ四歳でした。クラプトンは失意のあまり音楽活動をやめてしまいます。

そんな時、イギリスの霊能者、ドリス・コリンズ。

に息子のメッセージを伝えてもらい、息子はあの世で生きている・・・。

メッセージを聴いたクラプトンは復活するのです。

その時、作った曲が。

Ters In Heaven 天国の涙 Forever man 永遠の男。スバラシイ曲です。        

 

 

 

youtu.be

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

備考、

Ters in Heavn 天国の涙、和訳動画あります。感動します。思わずカラオケで歌いました。

感動です。いや、スバラシイ、人は苦しみ悲しみを乗り越えて何かを悟るのですね。

 

  

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参考、

 

なおドリスコリンズはシルバーバーチと対話をしています。 シルバーバーチ最後の啓示。

2章二人のドリス また、江原啓之さんともお会いしてます。 江原さんは非常にドリスを敬愛していて、日本のドリスと呼んでもらいたい。  

 

 

 

 

 

 

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第八話 107~111 水とは不可視の質料、即ち神の心であり、その中にあらゆるものが存在する。この精妙な質料ですべてのもの、肉や骨でさえ、創造られるのである。形態は消えるともみ霊は永遠に残る。

 

107

水とは不可視の質料、即ち神の心であり、その中にあらゆるものが存在する。この精妙な質料ですべてのもの、肉や骨でさえ、創造られるのである。形態は消えるともみ霊は永遠に残る。

 

108

しかし魂がみ霊の力によって揚げられると、み霊は内なる世界に入り、其処にわたしと共に住む、わたし即ち神我は内にもいるが外にもいるからである。それでもわたしは肉や血の影響は受けない。わたしはみ霊の力によってすでに世に打ち克ったのである。このことに肉は何ら関与するものではない。

 

109

外とは肉と血とである、しかし肉と血は天国には入らない。肉と血とは神我が地上に顕現れる手段なのである。

 

110

外における不実なるものは消え去る。愛の胸内(ハート)より赦しの癒しが来るからである。

 

111

この強大なる愛がすべての罪と分離とを消し去る、あなたたちの裡に神の分霊(キリスト)たる意識によって罪と死を克服した方が宿っているからである。

 

 

 

 

                                     心身の神癒

 

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備考、

 何とも、言葉にできません。

                                                               神の恩寵に感謝します。      

                                                                                                        蒼氓。

 

    

 しばらくお待ちください。

 

 

 

 

 

 

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「物的なことと霊的なこととの区別がつかない人は気の毒」

 

 

 

物的なことと霊的なこととの区別がつかない人は気の毒です。

 

日常生活でも悪戦苦闘していても、霊的な平静さと安らぎを忘れないでいることは可能です。

 

地上のいかなる困難の中にあっても、自分が本来霊であることを忘れず、その聖域を守ることができれば、いつでも内的な安らぎを得ることができます。

 

 

安らぎは外から得るものではありません。

 

内部から湧き出てくるものです。

 

 

                シルバーバーチの霊訓(12)

 

 

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 天照(あまてらす)神の御心人心 

            一つになれば生き通しなり

 

   (大神と自分はひとつなので、永遠の命である)

 

                          黒住宗忠

 

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世間でいう”成功者”になるかならないかは、どうでもよいことです。この世的な成功によって手にいれたものは、そのうちあっさりと価値を失ってしまいます。

 

                     「地上人類への最高の福音」p107

 

 

 

 

この世もあの世もひとつの世界

第1章 人間は、霊界の支配下にあった  

 

この世もあの世もひとつの世界  

 

この世とあの世は別々な世界ではなく、ふたつをひとつにした大きな世界という1枚のコインの表と裏にすぎない。

 

私の30年の体験は、この世もあの世もひとつの世界のなかの、それぞれの部分だということを教えてくれる。  

世間の人びとのなかには、「あの世なんて存在しない。世界とはこの世だけだ」と考えている人も少なくないが、それは世界の片側、つまりコインの片側しか見えない人の言い分にすぎない。  

人には誰にでも必ず善い霊と悪い霊がついていて、毎日の生活に大きな影響を与えている。そう言われても、人には霊からの影響は見えないからピンとこないに違いない。このような関係は、私には樹木の種子と樹木との関係とそっくりに思える。  

樹木には、大きく育っている樹木も、よく育たないで曲がっている樹木もある。樹木の場合は、それが誰の目にも見えるのですぐに気づく。しかし、その樹木のもとが種子だということは、たいていの人は忘れている。樹木として発芽したあとでは、種子は影も形もなくなってしまうからだ。だが、その種子の生命は樹木の中に流れ続け、樹木の成長を支配している。  

だから、より根本的で本質的なものは、その姿が目に見える樹木よりも、姿が見えない種子のほうなのだ。人びとの毎日の生活を深いところから支配している霊の影響は目に見えないが、それは樹木と種子の関係だと思えばよく理解できるだろう。   私は30年の体験から、本当は目に見えないものこそが世界の根本であり、私たちはそれによって運命づけられ、支配されているのだと断言できる。  

「死の技術」によって、ふたつの世界を同時に見続けてきた私には、実はふたつに見える世界もそれぞれひとつに結び合わされた「全体(全世界)」の一部であるということがよくわかる。このような世界をつくっているものが「天の理」と言うべき、世界創造の根本原理だということもわかる。  

ときに人びとは、幽霊とか死の知らせとか憑依といった、いわゆる心霊現象を体験する。しかし、ほとんどの場合、体験した人自身が、その正体を深く極めることができない。そのため、人びとは霊界のことには気がつかないのだ。その結果、背後から自分たちを動かしている「種子」の働きには気づけなくなっている。  

だが、このようになっている理由は、「天の理」のなせる配慮なのだ。つまり、「天の理」は、この世もあの世もひとつの世界の一部としてつくりながら、この世の人間にはあの世のことをわかりにくくしているのだ。

 

 

 

 

 

 

       エマニュエル・スウェデンボルグの 霊界 ―― Ⅱ

  

          人間は、霊界に支配されている

       E・スウェデンボルグ・著 今村光一・訳

           中央アート出版社 2000年刊

 

 

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あなたたちに対するわたしの言葉によってあなたたちは低いものを高いものへと変性する。

第7話

 

 

 

50

これまで聖書の天啓(インスピレーション)を受けた文章があらゆる書物の上位に置かれ、幾百万人もの人々が真理の言葉によって天啓を受けかつ高められてきた。

 

 

 

51

これが即ちあなたたちの中で働いている変性(トランスミウテイション)の法則である。あなたたちに対するわたしの言葉によってあなたたちは低いものを高いものへと変性する。

 

 

52

わたしの法話中、あなたたちの上に何が起きているか考えてみるがよい。あなたたちが自分の人生において嘗めてきたあらゆる体験が最高のものへとたかめられ、かくてまた浄められているのである。

 

 

53

わたしがあなたたちに法話をすると、これまでのあなたたちの人生で起きたことがすべて浄化の状態へと高められている。滓はすべて融け去るのである。それは霊だけが(純粋なる)質料を保持し給うからである。完全なる創造力すなわち神のみ霊はご自身の分割されることなき久遠の質料の中で創造(19)を為し給う。

 

 

 

54

み霊は意識である。意識はその知慧の働きによってこの質料に働きかける。神の意識と知慧とがすべての生命を通して顕現するのである。

 

 

 

 

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参考、

 

 滓-かす

 

 

 

 

 

訳者註

19  神が万物と化現する前の原初の質料。これも勿論神の現れ(involution)である。

 

 

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 参考、

 み霊ー意識ー陽。  陰ー肉体ー水様質量ー不可視の質料ー宇宙に遍満いている。

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第七話 11 ~ 15 聖書は生命の法則を教え、生命の法則を正しく用いさせるために、み霊の導きにより天啓によって書かれたものである。

11

書物や言葉や文字など、すべてそれ自身としての価値はゼロである。み霊が(その人の)想念を不可視のものに繋ぎ、かくて五官の世界を貫き通す手段としての言葉を用いた時始めてそれらのものに価値が生ずるのである。

 

 

12

かくして言葉は大いなる値の真珠を内に秘めている外側の殻にすぎない。あなたたちが或る言葉を自分の心の中に取り入れて、例えば『神我』『わたしは生命である』という言葉を口に出して云うならば、その言葉は一応肉体の器管を通して出るのではあるが、それを(肉体、器管を使用しての単なる物理的振動現象に終わらせることなく)

 

久遠常在の霊的状態に高めることができるのである。

 

 

 

13

従って、いわゆる聖なる書を読む際、あなたたちは(聖書にある)言葉を使用してそれを高めることができるのである。五官の目で見、五官の心を通して読むのであるが、本有(先天的にもっている)のみ霊の力によって、それらの言葉を肉我の理解を絶した或る霊的状態に高めるようになる。

 

 

14

聖書は生命の法則を教え、生命の法則を正しく用いさせるために、み霊の導きにより天啓によって書かれたものである。

 

 

 

15

その故にわたしは法則をこぼつために来たのではなく、法則を満たし、それが人間の肉体にあらわれるのを示し、

 

子の中に生き子を通して御自身を現し給う無限なる父の栄光を神我が肉の身に顕現し得ることを証しするために来たのである。

 

               

 

                    心身の神癒 : 主、再び語り給う                                                                                       

                                 M.マグドナルド・ベイン著 ; 仲里誠吉訳                                                                                                                                     

                                                   霞ケ関書房, 1972   

 

 

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