真理との邂逅 高級霊のメッセージ

友よ、自ら思い立って真理探究を志し、行為と想念でもって意思表示をすれば、その人物がそれまでに到達したレベルに相応した知識と教えを授かるように法則が働いて、その波動と調和し始めます。そのレベルには限界というものはありません。なぜなら人間みずからが無限の霊性を宿しており、真理も無限に存在するからです。  シルバーバーチのスピリチュアルな法則より。

霊的真理の実践こそが、スピリチュアリストの真価を決定する、  抜粋

 

 

シルバーバーチもインペレーターも行為の重要性を強調します。

 

シルバーバーチは次のように述べています

 

「大切なのは行いです。行為です。つまり各人の毎日の生活そのものです」

 「神を信じない人でも霊格の高い人がおり、信心深い人でも霊格の低い人がおります。霊格の高さは信仰の多寡(たか)で測れるものではありません。行為によって測るべきです」

 

要はその人が生きてきた人生の中身、つまりどれだけ人の為に尽くしたか、内部の神性をどれだけ発揮したかにかかっています。

大切なのはそれだけです。

知識は無いより有った方がましです。が、その人の価値はは毎日をどう生きたかに尽きます

(以上「シルバーバーチの霊訓(3)p71、「シルバーバーチの霊訓」(6)p27

シルバーバーチの霊訓」(4)p140)

 

インペレーターはーー我々は信条にはさしてこだわりません。それよりも我々は行為を重要視します。

何を信じていたかは問いません何を為したかを問います。(中略)言葉より行いに、口先だけの告白よりも普段の業績に目を向けるのです

「我々の説く宗教は、行為と習性の宗教であり・・・

(「霊訓完訳・下」スピリチュアリズム普及会)p40)と言っています。

 

もしスピリチュアリズムに導かれながらも、依然としてスピリチュアリズムを単なる研究に終始していたり、真理は真理、日常生活は、日常生活で別物と考えているならば、霊界の導きを裏切ることになります。いつまでも知識の収集や、無意味な学集会、言葉の遊びや哲学ごっこをしていてはなりません。

私たちの意識が常に「霊的成長と奉仕・伝道」に向けられていないとしたら、スピリチュアリストとは言えないのです。

 

卒直に言って、シルバーバーチを読んでいるといいながら、霊的真理と全く無関係な歩みをしている人を見かけます。この世の人間と同じように、煩悩のままに流され傲慢になり、謙虚さとはほど遠い人がいるのです。内面的な努力をすることさえ忘れてしまっているような、情けない自称スピリチュアリストに出会うこともあります。

 

          スピリチュアリズム・ニューズレター バックナンバー11号抜粋。

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 「霊的真理は単なる知識として記憶しているだけでは、理解したことになりません。

実生活の場で真剣に体験して、はじめてそれを理解するための魂の準備が出来上がります。

 

             シルバーバーチの霊訓(一)p63

 

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「霊的真理は、これを日常生活に活用すれば、不安や悩み、不和、憎しみ、病気、利己主義、うぬぼれ等々追い払い、地上に本物の霊的同胞精神に基ずく平和を確立することでしょう。霊的真理を一つでも多く理解してゆくことが、あなた方の魂と霊的身体を霊界からのエネルギーを受けやすい体質にしてゆきます。」

 

 

             シルバーバーチの霊訓(一)p97

 

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