物的存在物はいつか朽ち果て、地球を構成するチリの中に吸収されてしまいます。と言うことは物的野心、欲望、富の蓄積は何の意味のないということです。
一方あなたという存在は死後の霊的存在として存続します。あなたにとって本当の富はその本性のなかに蓄積されたものであり、あなたの価値はそれ以上のものでもなく、それ以下のものではありません。
そのことこそ、地上生活において学ぶべき教訓であり、そのことを学んだ人は真の自分を見出したという意味において賢明なる人間であり、自分を見出したということは神を見出したということになりましょう。
地上生活を見ておりますと、あれやこれやと大事なことがあって休む間もなくあくせくと走りまわり、血迷い、やけになりながら、その一番大切なことを忘れ、怠っている人が大勢います。
私たちの説く教説の中でもそのことが一番大切ではないでしょうか。
それが、いったん霊の世界へ行ったものが再び地上に戻って来る、その背後に秘められた意味ではないでしょうか。
それを悟ることによって、生きる喜びーー神の子として当然味わうべき生き甲斐を見出してもらいたいという願いがあるのです。
それはいわゆる宗教あるいは教会、教義、信条の類い、これまで人類を分裂させ戦争と、混沌、騒乱を生んできたものより大切です。
少しも難しいことではありません。自分と言う存在の本性についての単純きわまる真理なのです。なのに、それを正しく捉えている人はほんの僅か人だけで、大方の人間はそれを知らずおります。
シルバーバーチ霊訓(6)
s・フィリップス編 近藤千雄訳
10章 あらためて基本的真理を
*****************************************************************************************************
メモ、
利他愛の実戦は、霊的成長の大原則・大鉄則
「他人のために施した善意は決して消えません。なぜなら善意を施す行為に携わることによって霊的成長が得られるからです。
博愛と情愛と献身から生まれた行為はその人の性格を増強し、魂に消えることのない印象を刻み込んでゆきます。」