真理との邂逅 高級霊のメッセージ

親愛なる友よ、 シルバーバーチは言う。 いかなる分野の仕事にたずさわっていても同じことです。人に役立つことをするチャンスは決して見逃してはなりません。                                                                         神はあなた方の中にいます。あなた方は神の中にいるのです。  有り難き、我は神なり。 

利他的実践・無私の奉仕こそが、最高に価値あるもの

 

霊的成長は、純粋な利他的実践によってなされます。無私の奉仕という霊的実践によってなされます。そこでシルバーバーチをはじめ霊界の人々は、地上のーー「霊的摂理の生き方をしているか」「純粋な奉仕実践をしているか」という点に関心を向けているのです。地上人の目からは、どれほど素晴らしいと思える行為や政治改革なども、人類の霊性進化に寄与するものでないかぎり価値は認められません。

霊界の人々の視点は、常に地上的利害関係を一切超越した「霊的成長という一点だけに向けられているのです。

 

「私はどの主義にも属しません。私は、ラベルはありません。名目に惑わされてはいけません。その目的としているものは何か、何を望んでいるのか、そこが大切です。なぜなら、敵と味方の双方に誠実で善意の人がいるからです。(中略)

 

つまり霊的真理を知ることによって覚悟を決め、物的生活のあらゆる事柄に奉仕と無私の精神で臨めるようになれば、地上に平和と和合が招来されます。それは主義・主張からは生まれません。

 

                 シルバーバーチの霊訓(11)

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「私たちは人間がとかく付けたがるラベルにはこだわりません。政党というものに関与しません。私たちが関心を向けるのは、どうすれば人類にとってためになるかということです。」

 

                 シルバーバーチの霊訓(5)

 

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   共産主義者の中にも、霊性の高い人はいる

 

そうした霊界人の見方をすれば、唯物論者の代表である”共産主義者"の中にも霊性の高い人はいるということになります。主義・主張は何であれ、人類のためを思い、純粋な利他愛の実践に全身全霊で打ち込んでいる人は、最も価値ある生き方をしていることになります。信じている主義それじたいは間違っていても個人的な心の動機によって、善し悪しが決まるのですその人の動機が純粋で、人類の霊性進化に貢献する歩みとなっているならば、どのような組織に属していても、霊界人の認めるところなのです

 

それは、逆に言えば、たとえスピリチュアリストであっても、自分のためだけに生きているならば、唯物論者よりも霊的に劣るということがあるということです。スピリチュアリストであっても一切のごまかしはききません。今この時も、純粋に心の底から、人類のために貢献したいと思っているかどうかが、霊界の人々にチェックされているのです

 

そのための道具となる人であれば、いかなる党派の人であっても、いかなる宗派の人であっても、いかなる信仰をもった人であっても、時と場所選ばず働きかけて、改革なり改善なり・改良なり、一語にしていえば奉仕のために活用します。」

 

                  シルバーバーチの霊訓(5)

 

      

         スピリチュアリズム普及会  第一公式サイト  抜粋。

 

 

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「神の真理を学べるのは苦難を通してのみです」

 

 

「この世にはなぜ苦しみが多いのでしょうか」と牧師が聞いた。

 

シルバーバーチは答えた。

 

「神の真理を学べるのは、苦難を通してのみです。苦しい試練の坩堝でもまれて、

 

人々は初めて、この世を支配している神の法則の真実を理解できるようになるのです」

 

でも、「世間には苦しみのない多くの人々がいるように思われますが」と牧師は言った

 

 

シルバー・バーチは答えて言った。

 

 

人間には神性が宿っていますだから、肉体的なことより霊的なことが大切なのです。

 

(霊的な苦痛のほうが、肉体的な苦痛よりも大きいことを知らねばなりません)。

 

               

            霊訓原文  218

備考、坩堝、るつぼ。

 

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 涙とともにパンを食べたものでなければ

     人生の味はわからない。       ゲーテ。      

 

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      (高い玉座にイエスを祭り上げてはいけません)

 

 

「私はあなたに助力したいと思っているだけです。

エスを喜ばせようとするのなら、人間の手の届かない高い玉座にイエスを祭り上げてはいけません。

 

この地上のあなたと同じような、またほかの誰とも同じような人間として扱ってくれることをエスは望んでいるのです。

 

彼は雲の上に居たいわけではありません。人々と一緒に居たいのです

 

彼がしたことを誰でもできるように、模範となりたかったのです。

もしあなた方がイエスを誰にも従うことのできない高みに押し上げてしまえば、それでは、イエスの生涯は無駄になってしまいます。

 

             シルバーバーチ原文224

 

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何処かの新興宗教の教祖とはちがいます。・・・

 実るほど頭を垂れる稲穂かな

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注釈、人間も、学問や,徳が深まるにつれ謙虚になり、

小人物ほど尊大に振舞うものだということ。

 

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さて私たちはさらに一歩進めて、宇宙を創造しそして支配しているものは男性神でもなく、女性神でもなく、とにかく形ある存在では無いと説いているのです。人間的な存在ではないのです。

 

 

宇宙は法則によって支配されており、その法則は規模においても適用性においても無限なのです。それは無限の愛と叡智から生まれたものであり、したがって完璧であり、誤ったり失敗したりすることが絶対にないのです。

 

私は生命とは霊のことであり、霊とは生命のことであり、始めもなく終わりもないと説いております。霊を物質の中に閉じ込めてしまうことはできません。物質というものは霊の至ってお粗末な表現でしかありません。

 

物質界に生きる人間は視覚と聴覚と触覚と嗅覚と味覚の五つの感覚でしか物事を判断することが出来ませんから、その五感を超えた生命の本質を理解することはまず無理なのです。

 

そうして限界の中で生きてい限り、その限界の向こう側にあるものが理解できるわけがありません。

 

そこで次のような結論になります。

 

すなわち宇宙は自然法則によって表現されていること。その法則の背後にある叡智は完全であること、しかし人間は不完全であるためにその完全さを理解できないということです。

 

人類の全てがーー地球と言う一個の天体上だけではありません。数え切れないほどの天体上の人間的存在のすべてがそうなのですがーー私の言う大霊、皆さんのいう神の一部を構成しているのです。

 

大霊とは全宇宙の霊の総合体だからです。これならわかるでしょう。?

 

   シルバーバーチの霊訓七巻 神の思想の進歩 抜粋

 

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お勧め参考図書   百年前英国で大反響のベストセラー「誰も書けなかった死後世界地図Ⅲ」A・ファーニス著岩大路邦夫(訳)山口美佐子(文構成)    「スピリットランド」が現代に甦る! 一部抜粋2章死後の探索への旅が始まる75p

 

 

ここは「不安の国」とよばれるとこです。この国には、ほんのわずかながら植物が見られました。

 

住人たちが、住まいの近くで菜園をつくろうとしていたからです。

 

彼らの住居はびっしりとひっき合い、小さな町をつくっていましたが、その光景は住民の霊的な貧困さを表すように、荒涼としていて醜いものでした。

 

ここもまた自己中心と貪欲が支配する場所なのです。

 

住民のほとんどは、地上生活を終えたすぐ後に来た者たちでした。

 

みずぼらしく嫌らしい顔つきをしている彼らは、私の目にはまるで浮浪者か乞食のように映りました。

 

しかし地上では、

 

贅沢な生活を思うままに享受してきて富裕階層の人々であったり、流行の先端を追いかけるような派手な生活を送った著名人ばかりだったのです。

 

そんな恵まれた環境にいた人たちが、どうしてこんなところに来てしまったのでしょう?

 

彼らは、富を自分の享楽のためには惜しみなく使いながらも、困っている他人にはほんのわずかしか与えませんでした。

 

それは、テーブルいっぱいのごちそうの中から、

 

パン屑程度しか人には食べさせないのに等しいことでした。

 

だからここでは、今日食べるパンにも事欠くような、乞食のように貧しい者になってしまったのです。

 

魂の霊的な富は、

 

最高に金持ちの王でも、もっとも貧困な乞食でも、同じように地上生活で獲得できます。

 

それには、人に愛を与えること、見返りを求めずに奉仕することで、どんどん増えてゆくものなのです。

 

 

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 備考、

お金持ちの人は注意が必要です。魂の霊的な富は貧富の格差に関係なく獲得できます。

                                                                                                                 蒼氓。

 

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私のいう〝愛〟とは慈悲の心、奉仕の精神、犠牲的精神、要するに自分より恵まれない者のために自分の能力の範囲内で精いっぱい援助しようとする心を言います。愛と寛容は優しさから生まれます。

愛と寛容は優しさからうまれます。

 

───それと、真理に目覚めた者は寛大であらねばならないと思います。

 

寛容性は霊性の神髄です。偏狭な信仰のあるところに霊性はありません

 

───寛大であれと言うのは結構だと思うのですが、現実の世界において何に寛大であるべきかをよく見きわめる必要があると思います。残虐行為や邪悪な行為に対してはいかなるものでも寛大であってはならないはずです。  

 

「それに、悪とは何かということも見きわめる必要があります。地上生活の究極の目的は〝死〟と呼ばれている現象のあとに待ちかまえている次のステージ(生活舞台)に備えて、内部の霊性を開発することにあります。

 

開発するほど洞察力が深まります。霊性が開発され進歩するにつれて、自動的に他人へ対して寛大になり憐みを覚えるようになります。これは、悪や残忍さや不正に対して寛大であれという意味ではありません。相手は自分より知らないのだという認識から生まれる一種の我慢です。  

 

人間は往々にして自分のしていることの意味が分からずに、まったくの無知から行為に出ていることがあるものです。そこがあなたの我慢のしどころです。しかし、その我慢は悪を放任し黙認してしまうことではありません。

 

それは我慢ではなく、目の前の現実に目をつむることです。真の意味での寛大さには洞察力が伴います。そして、いつでも援助の手を差しのべる用意ができていなければなりません」

 

───愛と寛容は優しさから生まれます。情愛でつながった者に対しては、われわれはその欠点に対して寛大になります。私はこの寛大さ、これは愛といってもよいと思うのですが、これが現代の世の中に欠けていると思うのです。愛と寛容とを結びつけることができれば人類はさらに高揚されると思うのですが・・・・  

 

「同感です。バイブルにも愛とは摂理を成就することである、とあります。愛とは摂理のことです。神の御心です。なぜなら、神そのものがすなわち愛だからです。したがって神の御心に適った生き方をしていれば、それは愛を表現していることになります。

 

私のいう〝愛〟とは慈悲の心、奉仕の精神、犠牲的精神、要するに自分より恵まれない者のために自分の能力の範囲内で精いっぱい援助しようとする心を言います。愛と寛容は優しさから生まれます。

 

                                          

                                               シルバーバーチ8巻5章

 

 

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シルバーバーチの霊訓 (四)  ウィリアム・ネイラー編 近藤千雄訳

 

 

     「満足する人間は進歩が停滞します」

 

私たち霊は、罰の恐ろしさをチラつかせながら説得することはしません。

 

恐怖心から、大人しく生きる、そんな卑屈な臆病者になってほしくはありません。

 

内部に宿る神性を自覚し、それを発揮することで霊性を高め一段と崇高な真理と叡智を身につけて頂くことを目指しております。

 

そのためには、まず、これまでに得たものに不満を抱くようにならなければなりなせん。

 

なぜなら、

 

今の自分に満足できずに、更に何か求めようとするところに、

 

より高い知識が得る可能性が生まれるものだからです。

 

満足する人間は進歩が停滞します。

 

満足できない者は、更に大きな自由に向けて、突き進むことになります。

 

私たち霊は決してあなた方人間に、理知的に難しく考えずただ信じなさいとは申しません。

 

逆に神から授かった理性を存分に駆使して

 

私たちを試しなさい。

 

徹底的に吟味しなさい、その結果、私たちが述べることの中に低俗なこと、邪険なこと、道義に反することがあったと思われたら、どうぞ拒絶して下さいと申し上げております。

 

私たち霊は、ひたすらに貴方人間に、

より高潔な生活”自己犠牲と理想主義を志向する生活を説いております。

もしそれをお認め頂ければ、それは私たちの教えの中身に神の刻印が押されていることを証明するものといえましょう。 

たった一個の魂でも目覚めさせることが出来れば、

悲嘆に暮れる者をたった一人でも慰めてあげることが出来れば、

おじけずいた人の心を奮い立たせ、人生に疲れた人に生きる勇気を与えることが出来れば、

それだけでも努力の甲斐があったといえないぜしょうか。

 

 

                     シルバーバーチ霊訓(四)

 

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シルバーバーチの言葉。

 

      満足する人は進歩が停滞します。       

 

                                 蒼氓。                       

 

今の自分に満足できずに、更に何か求めようとするところに、 より高い知識が得る可能性が生まれるものだからです。

 

                                                                                                         シルバーバーチ

 

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「霊的実在について疑い抜いた末に生まれる信仰」

 

 

 

 

私が信仰という用語を用いる時、それは何の根拠も論理的背景もなしに、好きなように信じるという意味ではありません。

 

知識という基盤をもち、霊的実在について疑い抜いた末に生まれる確実な根拠の上に築くものであらねばなりません。

 

            シルバーバーチの霊訓(12)

 

 

 

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 「地上の知識には三次元の限界があるために信じることが必要」

 

地上のいかなる賢人も、問題のすべてに対する回答を手にすることはできません、

 

三次元の世界に閉じ込められている以上、叡智のすべてを手にすることは不可能なのです。その三次元の殻を破らないことには悟れないことがあるのです。

 

 

そこに”信じる”ことの必要性が生じるわけです。

私は”信仰だけではいけません。

 

 

信仰に知識をくわえなさい”と申し上げているのは事実ですが、その段階をさらに進むと、その知識にも三次元ゆえの限界があるために”信じる”しかない段階に至ります。

 

すべてを理性で片ずけるわけにいかなくなった時、直感的洞察力の必要性が生じます。

 

 

            シルバーバーチの霊訓(12)

 

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備考、

 

大切なのは、疑問を持ち続けることだ。神聖な好奇心を失ってはならない

                           

       アルベルト・アインシュタイン

 

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真理の大海は、すべてのものが未発見のまま、私の前に横たわっている。

 

             アイザック・ニュートン

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人間は充実を求めているのであって、幸福を求めているのではない。

 

               サン=テグジュペリ

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私は人間の本当の幸せとは「充実感のある生き方」だと思っています。

 

 

                   相田みつお

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真理の探求は無限に続きます。

 

あなた方人間は地上で、私たち霊は霊界で、真理のハイウェイを旅する巡礼の仲間です。 他の人より少し先を歩んでいる人もいますが、究極のゴールにたどり着いた人は一人もいません。 不完全さが減るにつれて、霊的資質が増え、当然の結果として、それまで手に出来なかった高度な真理を受け入れることが出来ます。

人類の全てが一度に従う一つのパターンはありません。

神の表現は無限ですから、神の真理に近づく道も無限のバリエーションがあります。

 

 

                                                                シルバーバーチ霊訓(6)

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参考、

  神の真理に近づく道も無限のバリエイションがあります。

 

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