真理との邂逅 高級霊のメッセージ

友よ、自ら思い立って真理探究を志し、行為と想念でもって意思表示をすれば、その人物がそれまでに到達したレベルに相応した知識と教えを授かるように法則が働いて、その波動と調和し始めます。そのレベルには限界というものはありません。なぜなら人間みずからが無限の霊性を宿しており、真理も無限に存在するからです。  シルバーバーチのスピリチュアルな法則より。

「神の摂理の前では絶対に不公平はない」

 

 

時として、人生が不公平に思えることがあります。

 

ある人は苦労も苦痛も心配もない人生を送り、

 

ある人は光を求めながら生涯を暗闇の中を生きているように思えることがあります。

 

しかしその観方は事実の反面しか見ておりません。

 

まだまだ未知の要素があることに気ずいておりません。

 

私はあなた方に較べれば遥かに長い年月を生き、宇宙の摂理の働き具合を遥かに多く見てきましたが、私はその摂理に絶対的敬意を表します。

 

なぜなら、神の摂理がそのとうりに働かなかった例を一つとして知らないからです。

 

 

こちらに来た人間が”自分は両方の世界を体験したが私は不公平な扱いを受けている”などと言えるような不当な扱いを受けている例を私は一つも知りません。

 

神は絶対に誤りを犯しません。もし誤りを犯すことがあっ

 

たら宇宙は明日という日も覚束ないことになります。

 

                   

            シルバーバーチの霊訓(1)

 

備考、覚束ない。おぼつか。物事の成り行きが疑わしい、うまくいきそうもない。

 

 

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       (地上生活を送っている間じゅうも)

 

皆さんは霊の世界の最高界から最低界までの前階層の影響を受ける状態にありますが、

 

実際に影響を受けるのは各自が到達した霊性と同じ次元のものだけに限られます。

 

邪悪な魂は邪悪なものを引き寄せ、高潔な魂は高潔なものを引き寄せます。

 

それが摂理なのです。

 

 

 

     シルバーバーチのスピリチュアルな法則」

        

                  フランク・ニューマン著

                       近藤千雄・訳

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おすすめ音楽、

 モーツァルトクラリネット協奏曲 イ長調 k622 第二楽章

澄み切った曲想、あるいは静かな諦観から「白鳥の歌」と呼ばれることもある。

死の2ヶ月前に書かれたといわれ、まるで魂が天上の世界を垣間見たほど純粋で穏やかさで満ちている。

モーツァルト最後の協奏曲といわれている。

まさしく、天上の音楽である。

 

最初から宇宙のどこかに存在していたかのような、純粋で美しく穏やかさに満ちている。まるで、この世の苦悩をも洗い流してくれるかのようである。

                                 蒼氓。

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 アインシュタイン先生は、死とは、モーツァルトを聴けなくなることである。と言ったそうであるが、実際は違うようですよ。

                                 蒼氓。

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「自分が死んだことを認めようとしない者も同じです、無理やり信じさせることはできません。」

 

 

 

死んだということを得心させることがいかに難しいか、皆さんに想像できない事でしょう。 

 

肉体器官の機能が残っているかどうかも意識の程度次第です。

 

死後の生命についてまったく無知で、死後の世界があるかどうかなどまったく考えたことのない人間は、*1肉体機能がそのまま幽体に残っていて、死んだことに気づかないまま地上時代と全く同じ生活を続けています。

 

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もちろん死後の世界でも罪を犯します。こちらの世界の罪悪は利己主義という罪悪です。

 

こちらではそれがすぐに外部に現れます、心に宿すと直ちに知れます。その結果も地上より早くでます。

 

それは罪を犯した当人が直ぐに現れ、霊性が低下するのがすぐに分かります。

 

どういう罪かと問われても「自己中心的思想が生み出す罪と表現する以外地上の言語で具体的に説明するのは困難です。

 

      シルバー・バーチのスピリチュアルな法則

           フランク・ニューマン著 近藤千雄訳

 

 

備考、*1カールウイックランド博士、迷える霊との対話で多数の地縛霊との対話があります。

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「 その現在の人格は各自がこの地上で行ってきた、行為の総決算だとおっしゃるのでしょうか

 

 

その通りです。これまで行ってきたことの結果が今のあなたであり、今のあなたが行うことが未来のあなたをこしらえるのです。因果律は一瞬の途切れもなく、しかも完璧に働いています。完全にでき上がっていますから誤るということがありません。

なぜなら、魂にはそれまでの行為の結果が永久的に刻み込まれており、その有りのままの姿があなたであり、それと違うものに見えかけようとしても通用しません」

 

 

 

2章 神はときには荒れ狂う嵐のごとく・・・・・

                     抜粋

 

                  必読文章    蒼氓。

                         

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----霊が自分が受ける試練を決めるとき、決め手になるのは何ですか。

 

 

 

それは自己の欠陥を償うのに役立つもの、同時に、より早く進歩させてくれるもの、そういう試練を選びます。

 

その目的のために、ある霊は貧困を苦を自己に課して、それに耐える勇気を養おうとします。

またある霊は、財産や権力の試練で抵抗力の訓練をしようと望みます。それは財産や権力を持てばそれを悪用したり、またそれがあるために悪感情をもったりするので、更に危険の多い道なのです。

 

またある霊は、悪い環境と闘う運命を選んで、自己の善意を養っていこうとします。

 

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----最も苦痛の少ない試練を選ぶのが当たり前だとおもえますが・・・・。

 

1*みなさんの立場からすればそう思えるでしょうが、霊の立場からすれば違います。

 

人が物質から解放されると、そういう考えはなくなっていきます。

 

*訳者注解----人間は地上にあって物質の影響下にある時は、試練のつらい面だけを見て、物質的喜びに結びつく体験の方を選ぶ。

 

しかし霊の世界に入ると、チラリと不変の至福が目に入るので、それと物質的な一時的な快楽とを比較して、ちょっと苦労さえすればその至福が手に入ると判断する。

そこで、霊は最もつらい試練を選択し結果としてつらい人生を引き受ける。そのことによって、迅速に幸福へ到達できることを願うからである。

それはちょうど病人が、病気が早く治るために苦い薬を飲むのとおなじである。

 

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             霊の書 上 

                 試練の選択

 

      アラン・カーデック編 桑原啓善訳

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備考、

1*みなさんの立場からすればそう思えるでしょうが、霊の立場からすれば違います。

だいぶギャップがあるようです。

                                

                                   蒼氓。

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シルバー・バーチの霊訓(一) アン・ドゥーリー編 近藤千雄訳

知識こそ不動の基盤デアリ、不変の土台です。

 

宇宙の根源である霊についての永遠の真理は、当然、その霊の力に対する不動の信念を産み出さなくてはいけません。

 

そういう義務があるのです、それも一つの法則、恐怖心,信念の欠如,懐疑の念は、せっかくの霊的雰囲気をかき乱します。

私たち霊は信念と平静の雰囲気の中において初めて人間と接触できるのです。

恐れ、疑惑、心配、不安、こうした邪念は私ども霊界の者が人間に近づく唯一の道を閉ざしてしまいます。

太陽が燦燦と輝き、全てが順調で、銀行にたっぷり預金もあるような時に神に感謝するのは容易でしょう。

しかし真の意味で神に感謝すべき時は、辺りが真っ暗闇の時であり、その時こそ内なる力を発揮すべき絶好のチャンスです。

然るべき教訓を学び,魂が成長し、意識が広がりかつ高まる時であり、その時こそ神に感謝すべき時です。

霊的マストに帆をかかげる時です。霊的真理は単なる知識として記憶しているだけでは理解したことにはなりません。実生活の場で真剣に体験して、初めてそれを理解するための魂の準備が出来上がります。

 

どうもその点がよく分かっていただけないようです。種を蒔きさえすれば芽が出るというものではないでしょ。芽を出させるだけの養分がそろわなくてはなりますまい。養分がそろっつていても太陽と水がなくてはなりますまい。そうした条件が全部うまくそろった時にようやく種が芽を出し、成長し、そして花を咲かせるのです。

人間にとってその条件とは辛苦であり、悲しみであり、苦痛であり、暗闇の体験です。

何もかもがうまくいき、鼻歌まじりののん気な暮らしの連続では、神性の開発は望むべくもありません。そこで神は苦労を、悲しみを、そして痛みを用意されるのです。

 

そうしたものを体験して初めて霊的知識を理解する素地ができあがります。そしていったん霊的知識に目覚めると、その時からあなたはこの宇宙を支配する神と一体となり、その美しさ、その輝き、その気高さ、その厳しさを発揮しはじめることになるのです。

 

そしていったん身につけたら、もう二度と失うことはありません。それを機に霊界との磁気にも似た強力なつながりが生じ、必要に応じて霊界から力なり影響なり、インスピレーションなり、真理なり、美なりを引き出せるようになります

 

魂が進化しただけ、その分だけ自由意志が与えられます。

霊的進化の階段を一段上がるごとに、その分だけ多くの自由意志を行使することを許されます。あなたはしょせん、現在のあなたを超えることはできません、そこがあなたの限界と言えます。

 

が同時にあなたは神の一部であることを忘れてはなりません。いかなる困難、いかなる障害もきっと克服するだけの力を秘めているのです。霊は物質に勝ります。霊は何ものにも勝ります。霊こそ全てを造り出すエッセンスです。なぜなら、霊は生命そのものであり、生命は霊そのものだからです。

 

                             三章 なぜ苦しみがあるのか 63p

 

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 涙とともにパンを食べたことのないもの

悲しみに満ちた幾夜(いくよ)を

ベットで泣きあかしたことのないもの

そうしたものには天上の霊(れい)の力がわからない

 

            ヨハン・ヴォホルフガング・フォン・ゲーテ                    

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シルバー・バーチの霊訓(一) アン・ドゥーリー編 近藤千雄訳

 

恐怖心こそ人類最大の敵です。

 

恐怖心は人の心を蝕みます。

 

恐怖心は理性を挫き、枯渇させ。マヒさせます。あらゆる苦難を克服させるはずの力を打ちひしぎ、寄せつけません。心を乱し、調和を破壊し、動揺と疑念を呼びおこします。

 

つとめて恐れの念を打ち消すことです。真理を知った者は常に冷静に、晴れやかに、平静に、自身に溢れ、決して取り乱すことがあってはなりません。

 

霊の力はすなわち神の力であり、宇宙を絶対的に支配しています。

 

ただ単に力が絶対というだけではありません。

 

絶対的叡智であり、絶対的な愛でもあります。

 

生命の全存在の背後に神の絶対的影響力が控えているのです。

 

はがねは火によってこそ鍛えられます。

 

魂が鍛えられ、内在する無限の神性に目覚めて悟りを開くのは、苦難の中においてこそです。

 

苦難の時こそあなたが真に生きている貴重な証です。夜明け前に暗黒があるように、魂が輝くには暗闇の体験がなくてはなりません。

 

そんな時、大切なのはあくまでも自分の責務を忠実に、そして最善を尽くし、自分を見守ってくれる神の力に全幅の信頼を置くことです。霊的知識を手にした者は挫折も失敗も神の計画の一部であることを悟らなくてはいけません。

 

陰と陽、作用と反作用は正反対であると同時に一体不離のもの、いわば硬貨の表と裏のようなものです表裏一体なのですから、片方は欲しいがもう一方は要らない、というわけにはいかないのです。

 

人間の進化のために、そうした表と裏の体験、つまり成功と挫折の双方を体験するように仕組まれた法則があるのです。

 

神性の開発を促すために仕組まれた複雑で入り組んだ法則の一部、いわばワンセット(一組)なのです。

 

そうした法則の全てに通暁することは人間には不可能です。どうしても知り得ないことは信仰によって補うほかはありません。盲目的な軽信ではなく、知識を土台とした信仰です。

 

 

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   神社にある、しめ縄は何を意味しているのか。

 禍福はあざなえる縄のごとし。

 幸福も不幸も相対的なものだということです。

 

                  蒼氓。     

 

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シルバー・バーチの霊訓(一) アン・ドゥーリー編 近藤千雄訳

 

絶対に誤ることのない霊的真理が幾つかありますが、そのうちから二つだけ紹介してみましょう。

 

一つは、動機が純粋であれば、どんなことをしても決して被害をこうむるこはないということ。

 

もう一つは、人のためという熱意に燃える者には必ずそのチャンスが与えられるということ。

この二つです、焦ってはいけません。

何事も気長に構えることです。

なにしろこの地上に意識をもった生命が誕生するのに何百万年もの歳月を要したのです。

さらに人間という形態が今日のごとき組織体を具えるに至るのに何百万年もかかりました。

その中からあなた方のように霊的真理を理解する人が出るのにどれほどの年数がかかったことでしょう。

その力、宇宙を動かすその無窮の力に身を任せましょう。誤ることのないその力を信じることです。

解決しなければならない問題もなく、挑むべき闘争もなく、征服すべき困難もない生活には、魂の奥に秘められた神性が開発されるチャンスはありません。

 

悲しみも苦しみも、神性の開発のためにこそあるのです。

「あなたにはもう縁のない話だからそう簡単に言えるのだ」--こうおっしゃる方があるかもしれません。

 

しかし私は実際にそれを体験してきたのです。

何百年ではなく何千年という歳月を生きてきたのです。

その長い旅路を振り返った時、私はただただ、宇宙を支配する神の摂理の見事さに感嘆するばかりです。

 

一つとして偶然というものが無いのです。

すべてが不変絶対の法則によって統制されているのです。

霊的な意識が芽生え、真の自我に目覚めた時、何もかも一目瞭然と分かるようになります。

私は宇宙を創造した力に1*満腔の信頼を置きます。

あなた方はいったい何を恐れ、また何故に神の力を信じようとしないのですか。

宇宙を支配する全能なる神になぜ身を委ねないのですか。

あらゆる恐怖心、あらゆう心配の念を捨て去って神の御胸に飛び込むのです。

神の心をわが心とするのです。心の奥を平静に、そして穏やかに保ち、しかも自信をもって生きることです。

そうすれば自然に神の心があなたを通して発揮されます。

愛の心と叡智をもって臨めば、何事もきっと成就します。

聞く耳をもつ者のみが神の御声を聞くことができるのです。

愛がすべての根源です、愛ーー人間的愛ーーはそのほんのささやかな表現にすぎませんが、愛こそ神の摂理の遂行者です。

霊的真理を知った者は一片の恐怖心もなく毎日を送り、いかなる悲しみ、いかなる苦難にも必ずや神の御加護があることを一片の疑いもなく信じることができなければいけません。

苦難にも悲しみにも挫けてはなりません。なぜなら霊的な力はいかなる物的な力にも勝るからです。

 

 

        三章 なぜ苦しみがあるのか 60p

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備考、

1*満腔=心からの敬意を表す。シルバーバーチは今から3000年前地上生活を送ったという、高級霊です。もう地上にでる必要はありません。     

 

                                                                                                                                    蒼氓。 

 

 

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「シルバーバーチのスピリチュアルな法則」 宇宙と生命のメカニズム フランク・ニューマン 署 近藤千雄 訳

訳者解説、近藤千雄 シルバーバーチは言うーーー

「すべてが混ざり合った状態にあるのです。無線電信の波動が宇宙に充満しているのと同じ状態です。いろいろな波動があり、いろいろなバイブレイションがあります。がそれらが同時に同じ場に共存できるのです。境界というものはありません。波動が異なるだけです。反応する意識の側面が違うのです」このことから考えると、地上生活というのは、脳髄という物質を通して活動する精神をコントロールしている、ある一定レベルの意識での生活の場ということになる。つまり五感でキャッチしたものが、脳と生命の糸(魂の緒)を通して精神ないしは魂へと伝えられて、それぞれの反応を生じる、ということである。このことはさらに、人のために役立つ心掛けと中庸の生活こそが意識レベルを高め、精神の活動の場を広げることになる、という考えを生む。結局“死”というのは、肉体から離れた魂がその意識レベルに相当したバイブレイションのオールターナティブへ移動するだけのこと、ということになる。死後の環境に違和感を感じないというのは当然のことなのである。その後の進化についてもシルバーバーチは簡潔にこう述べるーーー「魂が成長すれば、波動のより高い状態に適応できるようになり、自動的により高い階層で生活することになりますその階層の持つ電磁波の作用でそうなるのであろう。となると当然、乱れた生活をしている人間は、その乱れた波動に似合った世へと引きつけられていくことになる。かくして、聖書の言葉どおり「麦ともにがらが選り分けられ」「多くの住処」が生じるわけである。

 

 

       「サイキック・ニューズ」1993年4月24日号より

 

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 備考、人のために役立つ心掛けと中庸の生活こそが意識レベルを高め、精神の活動の場を広げることになる、という考えを生む。 皆さん実践しましょう。   

                                                                                                  蒼氓。 

 

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