真理との邂逅 高級霊のメッセージ   

  「わたしは生命である」神の生命がわたしの中で生き給うが故にわたしは生きている。生命は神であり神は生命である。 心身の神癒 第6話6 *****あらゆることのうち最も重大なのは、神のみが生きてい給うのであり、その神が今の今御自身を顕現しつつあるのを認めることである。私の中に常に留まっておられるのは父であり、父が父御自身の業をしていらっしゃるのである。

第2話 6~11 わたしは止むを得ずしてあなたたちの言葉や表現法を用いなければならないのであるが、これは霊的真理を伝えるには全く不適当である。

 

 

第2話

 

6

先づ始めに、『吾在り』(4)、そして又

『永遠に在るべし』を徹底的に学ぶことである。

 

あなたたちの現在の状態は霊的進歩のための機会である。

 

あなたたちの今在る状態は極めて必要なものなのである。

 

およそ存在するものことごとく霊であり、

 

霊の他には何ものもありえないーーという大いなる真理を学びとるようになるとき始めてあなたたちの目より鱗が落ちる。

 

 

8

 

わたしは止むを得ずしてあなたたちの言葉や表現法を用いなければならないのであるが、これは霊的真理を伝えるには全く不適当である。しかしあなたたちは内なる霊に対して自分自身を開くことによって、

わたしの語ることが真実であることを知るであろう。

 

 

9

そこでわたしたちは、神とその子孫である人類についての大いなる真理について共に考えてみよう。

 

 

10

あなたたちは、本当のあなたたちは、外側のもの、目に見える形ではなく、また、現象我が本当のあなたたちでもない。なぜならそれはあなたたちの真我の相とは遥かかに距っているからである。あなたたちは実在の中に住んでいる意識者、天よりの声である。

この裡なる天よりの声を自覚するようになるがよい。そうすれば又わたしのことも分かるようになるであろう。

 

 

 

11

人は非常に美しい景色を観ればそれを画布に描き度くなるものであるが、その結果はただその写しでしかなく実物とは全く比較にならない。あなたたちの場合もそれと同じである。

 

 

 

 

                心身の神癒 : 主、再び語り給う                                   

                                 M.マグドナルド・ベイン著 ; 仲里誠吉訳                                                                    

                                               霞ケ関書房, 1972   

 

 

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参考、

 

 

仝上=同上

 

訳者註4    

 

神学者の説によれば、旧約聖書時代の神ヤーウェー(Yahaweh)という聖名の意味を示す定句ではあるが、その意味する処は、厳密ににいえば不明瞭であるという。その全文は I am that(又はwhat) I am. とされ、ヤーウェーの原義は(存在すること、推移させること。或は又、在らんとする者)であり、神自身が自らを称する時は Iam.或はIwill be. という。「能動的、自己顕現する存在者」(active and self-manifesting Existence)とする解釈(新教出版社、聖書大辞典、310頁が真実義に近いと思われる。 その真実義は Good I am (吾神なり)の略、このGod(神)には、超越不普遍神(インド宗教哲学にいうブラフマン「梵」と内在神(仝上アートマン)の二義があり、本書でも強調されているのはこの内在神としての I AM.である。ギリシャ化した古代ユダヤ人は神聖な神の御名の代わりにギリシャ語 KUPLOS (主)と書き、これが、新約聖書において確立され、その英訳が Christ であるという。これに定冠詞のついた the Christ は本書にあっては、

 

エス自らが、各人に内在する主(神)の意味であることを、くり返しくり返し強調し、宣言しておられる。

 

 

 

      心身の神癒 : 主、再び語り給う                                                                         

          M.マグドナルド・ベイン著 ; 仲里誠吉訳                                                                                                          

               霞ケ関書房, 1972   

  

 

 

 

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