第一話
われは蘇りなり。生命なり、すなわち神の愛なり。
わたし自らが蘇りである。命である。わたしを信じるものは死すとも生きる。
わたしの中に生き、かつ信じるものは決して死なない。
1
神は愛であり、愛は神である。
しかしそのことがなんであるかを知っている者はいない、
ただわれわれだけがそれが実在であることを知っている。
あなたたちは恐らくそれについていろいろと理論を立てて来たであろう。
しかし、そのようなことは決してしてはならないのである。
外部からの種々様々な意見に染まることなく、真理自体を開顕させるべきであり、また、こうであると最終的に断定してはならない、断定してしまえば真理に至る道が閉ざされてしまうからである。
2
愛は全宇宙の中心である。この中心より絶えざる愛の流れがすべての魂、生きとし生
けるものを通じて流れている。花々を通じ、動物たちを通じ、人間と天使たちとを通じ
て、この愛が中心の泉より絶え間もなく流れ、愛自身の真実の相を永遠に表現わしてい
る。
3
愛は鉱物における親和力である。愛は花々における本質である。愛は動物の本性と
なって表れる。このことを完全に悟った時その人の全存在は愛に満たされ、肉体の全細
胞が活力を得るのである。
4
世に愛の他にはいかなる力もない。愛は天と地とにおける唯一・真実の力である。なぜならばそれは久遠であり、至る処に常在するからである。外なるものは過ぎ逝くが、愛は久遠に実在する、それは神の全存在であるからである。
5
愛について理論を立てるのは、愛の一側面にしかすぎない知的面を論(あげつら)うにすぎない。愛とは何かと理論を捏ねることは愛の力を失わせることである。あなたたちは愛なる無限生命によって創造られた者なのである。愛をこのように理解し、把握して始めて愛はその真性を現わすのである。
6
地上における偉大なる魂たちは、処は異り行き方は違っても、すべてこの愛を現わしているのである。
7
種々様々な意見が外部から来るーーしかし自分自身以外から出てくる意見によっては真理を把握することはできないのである。故に真理に関してはどのような結論をも下してはならない。真理は測ることができないものであり、久遠なものだからである。わたし自身は常に存在し、久遠なるわが神性をそのままに現わしている。
8
あなたたちはこのことを受け容れなければならない、しかし、それが何であるとか、何でないとか決め込んでしまってはならない。
9
銘記するがよい、この(神性という)強大なる力があなたたちの中で展開しようとして待機している。あなたたちはその力が造り成した器であり、あなたたちの魂はその力が流れる器なのである。このことを自覚することが神人となる秘密である。
心身の神癒 : 主、再び語り給う
M.マグドナルド・ベイン著 ; 仲里誠吉訳
「論う」(あげつらう)の意味は物事のよしあしについて論じ合うのこと。
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備考、参考、
無窮は断定出来ない、断定したら、無窮ではなくなる。
断定はできな、文字にもできない、(不立文字)理性を超越している、ただ、
インスピレーションで感じることしかできない。
感官は邪魔な存在です。
耳で見て 目で聞き 鼻で物食ふて 口で嗅がねば 神はわからず
出口王仁三郎聖師様
しばし、名言です。
蒼氓。