真理との邂逅 高級霊のメッセージ    無限なる愛と無限なる叡智をあなたへ

永遠の愛の奇跡の言葉をあなたへ。親愛なる友よ、静穏の中、心奥の心の声で【霊読】御読みください。 もはや遥かなる神なるものを説く者達に聴くことをやめよ、吾が裡なるみ霊に耳を傾けよ、そこにこそ真理は宿る。 第九話 43 無智なる者は生命なきものを崇拝め、賢明なる者は神の中に生きる。 第十一話 28      愛こそは唯一の実在にして常在である。然らばこの「常在なるもの」は一切の条件に制約されない永遠そのものであることを悟得するがよい。 第一話 77

「どうしたら神になれるでしょうか?」

 

 もちろんそんな途方もないことを聞いても、誰も答えてくれるはずがなかった。そんな折、一冊の本が目にとまった。吉田兼倶が書いた神道大意」である。兼倶は室町時代に、吉田神道を体系化した天才的な神道家である。その中に「心とは神なり」という一節があった。彼はこの短い言葉からインスピレーションを得た。

 

「そうか、今まで神というものは、何か自分外にいるように考えてきたが、そうではなかったのか。

神さまは自分の心の中におられるのだ。いや、人間の心そのものがすでに神なのだ。

 

神になろうと思うなら、心に悪いと知ればそれを行わず、良いと思うことばかりを行っていくことだ。そうしていけば、きっと神になれる」

この着眼点はユニークである。

さすがといわざるを得ない。しかし言うはやすしだが、実際に実行するのはたいへんむずかしい。ほかのどんな厳しい修行よりも困難だといっても過言ではない。

人間といものは、酒の飲み過ぎは体に良くないと思っても、つい飲みすぎてしまう。タバコやギャンブルもしかりである。また、ウソや他人の悪口は良くないとわかっていながら、つ言ってしまうものだ。

自分の利益になることだったら、少しくらい悪いと思っても、「まあ、誰でもやっていることだから、これくらいはいいだろう」

と考えて、陰でこっそり悪いことをする。

良いとわかっていてもなかなか実行できないで、悪いと知りながらそれをやめられないのが人間なのである。

悲しいかな、これが浮世に生きる人間の性である。

人里はなれた山奥で誰とも接することがない生活を送っていれば、心を平安に保つことはある程度できるかもしれない。しかし、ふつうの日常生活の中でこれを実行するのは至難のワザである。それを青年・宗忠とことん頑張った。

しかし、実際にはそれがまだまだ表面意識上の、自力による修行の世界であり、そこには大きな壁があった。つまり、自分が設定した善悪にだんだん縛られていき、自分で自分の壁を作っていったのである。そして、そのおおきな壁を越えられないままに、彼は死の宣告を受けたのであった。

 

 

            太陽の神人

        黒住宗忠 山田雅晴

 

             第一章 大悟の道は身近にあったより。

 

 

 

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