真理との邂逅 高級霊のメッセージ   

  「わたしは生命である」神の生命がわたしの中で生き給うが故にわたしは生きている。生命は神であり神は生命である。 心身の神癒 第6話6 *****あらゆることのうち最も重大なのは、神のみが生きてい給うのであり、その神が今の今御自身を顕現しつつあるのを認めることである。私の中に常に留まっておられるのは父であり、父が父御自身の業をしていらっしゃるのである。

第六話 50~54 もしこの同胞が瞑想し、静かに坐って彼自身の意識の内界に再び入るならば、一切がそこに刻印されているのを発見するであろう、そしてわたしが伝えたものを全部再現することができるのである。この連続講話の後、彼は今まで以上に真理示現の大いなる器となるのであるが、それはこの為なのである。

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一つの心から他の心、あるいは一つの意識から他の意識への直接交感通信というのがある。離れた所から甲が乙に話しているのを聞くためにあなたたちの世界で用いている仕掛けと丁度同じような直接の通信方法がある。

 

 

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此処でも同じことである。上(霊界)にある通りに下(現界)でもその通りに成る。一つの心から他の心への直接交感通信(テレパシック・コミュニケーション)というのがある。そういう仕事にたずさわるために訓練された心はわたしの与える想念を表現する。

 

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この同胞(著者)の意識が果敢なき感官を超え、肉体の感官を超えて、内界の意識にまで高揚されているのに注目するがよい。彼の意識は(わたしの)意識に繋がれ、それから脳や肉体を音響版のように使って彼の肉体に移し戻される。

 

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この過程が進行している間中彼は事の推移一切を意識しているのであるが、わたしの神懸りによる想念伝達が終わると、それまで出来事一切についての意識を失い、彼の背後に仕掛けられたテープ・レコーダーで改めて聞き直して始めて解るようになるのである。

 

54

もしこの同胞が瞑想し、静かに坐って彼自身の意識の内界に再び入るならば、一切がそこに刻印されているのを発見するであろう、そしてわたしが伝えたものを全部再現することができるのである。この連続講話の後、彼は今まで以上に真理示現の大いなる器となるのであるが、それはこの為なのである。

   

 

 

      心身の神癒 : 主、再び語り給う                                                                     

                                  M.マグドナルド・ベイン著 ; 仲里誠吉訳                                                                                                        

                                                       霞ケ関書房, 1972   

 

 

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