真理との邂逅 高級霊のメッセージ    無限なる愛と無限なる叡智をあなたへ

永遠の愛の奇跡の言葉をあなたへ。親愛なる友よ、静穏の中、心奥の心の声で【霊読】御読みください。わたしが今あなたたちにしているこの話はあなたたちの心をあらゆる生命の本源に一層近づけつつあるのである。 十二話70   人は幾度も幾度も人によって傷つけられ、自分自身の愚行によって十字架につけられて始めて彼は、神の分霊を通してすべてのものが「大いなる一体」であることに開眼する。十四 話 34  

(明治42年2月28日)北海道の塩狩峠で乗客を救うために自らの命を犠牲にした鉄道員。「長野正雄」。

この方を知ったのは去年のクリスマスイブの日でしたが、どうゆう経路で知ったか覚えてないのですが、とにかく知ったのです。

 

ブログに思わず書きましたが。そのとき感動で震えた覚えがあります。

 

いや泣いたかもしれません。世の中にこうゆう人もいるのかと。うまく伝えることが出来ないのですが。この方はクリスチャンだったようです。

 

この方の人生を、サイトの文面によると、まったく欲がなく、隣人愛と神の為に自分はいつでも命を捧げられると、遺書を持っていたそうです。

 

私くし見たいな凡人にこの方を語れる資格はありませんが、人望もあつかったようで、完璧ですね。

 

この方の遺書が、

「苦楽生死均しく感謝、余は感謝してすべてを神に捧く」右はその一節なり三十才なりき 

この遺書がすごいですね。

 

私はこの方を知っただけで感謝してます。

 

其の後、たぶん、死んで幽体(エーテル体)となって、教会に何時ものようにお祈りにきております。                                                                                           蒼氓。       

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その夜の不思議な出来事  

 

長野政雄のこの生涯をもとに、作家の三浦綾子氏は、小説『塩狩峠』を著した。この小説は、長野政雄の生涯そのものではないが、それをもとにして描かれたものであり、読んだ人々に深い感動を与えている。

この作品はまた、映画化された。  じつは塩狩峠の事故があった夜、長野の通っていた旭川六条教会で、ある不思議な出来事があった。  

当時のその教会の牧師・杉浦義一氏の三男・杉浦仁氏は、こう述べている。  

「ちょうどその日二月二八日、集会の終わりに近い午後九時前後かと思いますが、駅からの使いで急変が知らされました。しかし最初、一同はいっこうに驚きませんでした。  なぜなら、少し前に長野氏が遅れて教会にやって来て、前方のいつもの席でお祈りしていたからです。ところが、あらためてその席を見ると彼の影も形もなく、初めてびっくりしたという事件がありました」。  この出来事は、一体何だったのか。皆の勘違いだったのか。しかし、長野の亡くなった夜、多くの教会員が彼の祈る姿をそこで目撃したというのである。  

余談だが、このようなことは、長野政雄以外にも起こっている。本書で先に取り上げた「ある死刑囚」の手記にも、同様な体験が載せられている。

 この死刑囚は、獄中で回心し、キリスト者となって残された短い日々を過ごした人であるが、その回心の背景に、当時の偉大なキリスト者永井隆博士(長崎で原爆症の研究をした人)との、手紙を通じての心温まる交流があった。  

その死刑囚は、回心以来、尽きぬ平安に満たされて、眠れない夜というものがなかった。ところがある夜、彼は何か心にざわめきを感じて、どうしても寝つけなかったという。  体に何の異状もなく、何の思い煩いもないというのに、寝つけなかったのである。彼はとうとう起きて、一睡もせず、朝まで聖書を読み明かした。  

翌朝のこと、彼は永井博士の召天の報を、耳にしたのである。そのときのことを、彼は手記に次のように記している。  

「私は、博士の短冊(彼が博士からもらった聖句入りの短冊)の下で机の前に座し、頭を深く垂れて、  

『ああ、そうであったか! 昨夜私があのように一夜眠れなかったのも、博士との友情を、主がよみされたからに違いない。不自由な身体を離れた博士の霊が、第一番にこの獄舎に来て、「覚めて祈れ」との主の御言葉を教え、励ましてくださったのだ』  と思い、感謝の涙を抑えることができずに祈りました」。  

彼は、前の晩不思議にも眠れなかったことを、博士の霊が獄舎に来てくださったから、と解釈したのである。同様に、長野の死後、長野の祈る姿が教会で見られたという先の出来事も、はたして肉体を離れた彼の霊であったのか。  

臨死体験者(ニアデス体験者)は、肉体の死後も霊はしばらくこの世にいることがある、という証言をしばしば行なっている。こうした出来事は、そうした証言をも思い起こさずにはいられない。  

長野が教会で祈っていたというあの出来事は、彼の人生全体を象徴するものである。彼の人生は、愛と祈りの生涯だった。  

列車の事故は突然のことであり、長野は自分の人生の最期を前にしたあのとき、充分な祈りの時間を与えられなかった。それで死の直後、天国に召される前、彼の霊は神のご配慮によって、しばらくの間教会で祈る時が与えられたのかもしれない。  

長野政雄の霊は、今は主の御(み)もとで深い安息を得ているであろう。私たちも死後天国へ行けば、彼に会えるのである。  

長野政雄の生き方は、今日も私たちの心に生き続けている。主イエスが言われたように、  

「人がその友のために命を捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていない」(ヨハネ一五・一三)。  彼の生き方に、私たちは少しでも学びたいものである。

 

 

 

 ――参考文献―― 『塩狩峠』(三浦綾子著)新潮社                                                                                                久保有政著  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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