真理との邂逅 高級霊のメッセージ

友よ、歩み入る者に、霊的真理を、去り行く人に幸せを、住まう者に霊性の進化を。   蒼氓。

「私の霊界紀行」ー脅威の幽体離脱体験記  F・C・スカル・ソープ著 訳近藤千雄

 

上層会の単純素朴さ

 

光輝に満ちた上層会へ行く程、霊的真理の単純素朴さを思い知らされる。「光輝に満ちた」と表現したのは、その境涯全体に行き渡る明るさがまるで熱帯地方の真昼のように煌々と輝き、それでいて少しも不快感を与えないからである。その境涯に来て受ける影響はいつも同じである。すなわち真理への悟りが一段と深まるような意識にさせられるのである。

環境そのものから発せられる波長が霊体に心地よい感じを与えてくれるし、そこの住民が自然に発散している友愛の念からさらに幸福感を与えてくれる。その友愛精神にはわざとらしさがなく、オーラの範囲の広さのせいで、少し近づいてもひしひしと感じられる。ただ、辺りの光輝のせいでオーラそのものは目に映じない。私がそれを確認出来たのは低級界に下りて来られた時に、周りの環境の対照で際立って見えたからである。

その絶え間なく発散される友愛精神は他の存在への無条件の非利己性と思いやりと解釈出来る。こう言うと単純に響くかもしれないが、その意味するところは絶大である。そこに階級、徒党、派閥といったものが全く存在しないまた、あら探し的態度、一方を弁護し他方を排除しようとする態度が微塵もない地上的交雑物のこじりついた宗派門閥、ドグマといった、地上人類の分裂と流血の原因となってきたものが存在しない。

 

実に単純な話なのである、地上の数少ない霊的指導者が古くから説いてきた訓えそのままがそこに現実となっているまでで、表現を変えれば「お互いに愛し合う」ということである。これが地上で実現出来たら地上世界が一変するであろうことは容易に想像できる。「天にあるごとく地にあらしめ給え」一機百億と知れぬ人々がその真の意味を理解しないまま、そう祈ってきた。が、繰り返すが、確かに地上の人間の一人一人がこの上層界の住民と同じように他の存在に向けて友愛の精神で臨めば、地上人類の意識の次元が高揚されることであろう。

それは決して奇跡とはいえない。何事にも原因があっての結果である。宇宙の大精神すなわち神は極微の原子にいたるまで支配している。かの著名な天文学者ジェームズ・ジーンズは「神秘の宇宙」の中で、「宇宙が巨大な一個機械ではなく、一つの偉大な思想体系に思えてきた」と述べているが、至言である

 

かって無線電信が実験にあった頃「波長を合わせることが必要」ということが発見された。が、そうしたことに驚いた科学者が他界して霊の世界に来てみると、そこにも次元の異なる波長をもった霊質の「物」が存在することを知ってさらに驚いている。霊的身体もそれに波長を合わせることによってその階層との接触を得ているのである。

従って波長の合った環境にいる限りその生活は地上と同じく実感があり、そこの存在物は「固い」のである。もっとも、こちらではそれいがいの興味ある発達が色々とある。

たとえば私の場合は意識が全開し、その界の波長と一致すると、視力が望遠鏡的に鋭くなり、鮮明度と色彩が地上では信じられない程鮮やかとなる。

例えば、ある時、一見して地上の壁と変わらないレンガ塀を見ていると、レンガとそれを接合しているモルタルの粒子の一つ一つが鮮明に見えてきた。それが実に美しいのである。写真のプロが見たら焦点も深度も色彩も完璧と言うであろう。

 

そうした幸福な上層界を霊視した人間が古来それを様々な用語で表現してきている。インドではニルバーナ、西洋ではパラダイス、北欧神話ではバルハラ、ギリシャ神話ではエリシュオン、インディアンの信仰ではハピー・ハンティング・グランド等々。下層界についても同じく様々な呼び方をしているが、今の私には、歴代の預言者達が自質的に同じことを言ったのは少しも不思議でないように思える。

 

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備考、 参考サイト、私の霊界紀行~F・C・スカルソープ/近藤千雄

 

スウェーデンボルグの霊界探訪記と霊界紀行はまったく矛盾するところがありません。

大変信頼性の高い霊界見聞録といってよいでしょう。

                         (なわ・ふみひと)

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参考、

         ラベルには用心しなければいけません

なぜなら、そのうちそのラベルに象徴されていた中身に代わって、そのラベルそのものが大切にされるようになり、ついにはラベルだけを崇拝し、真理を忘れてしまうからです。  

大切なのは真理です。   ラベルはどうでもよろしい

                         シルバーバーチ霊訓(三)

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