真理との邂逅 高級霊のメッセージ

友よ、歩み入る者に、霊的真理を、去り行く人に幸せを、住まう者に霊性の進化を。   蒼氓。

八章 神

 

(1)神とは宇宙の自然法則です。物的世界と、霊的世界との区別なく、全生命の背後に存在する創造的エネルギーです。完全な愛であり、完全な叡智です。神は宇宙のすみずみまで行きわたっております。人間に知られているい小さな物的宇宙だけではありません。まだ知られていない、より大きな宇宙にも瀰漫しております。 

 

(2)神は全生命に宿っております。全存在の内部に宿っております。全法則に宿っております。神は宇宙の大霊です。神は大生命です。神は大愛です。神は全存在です。僕に過ぎないわれわれがどうして主人(アルジ)を知ることができましょう。ちっぽけな概念しか抱けないわれわれに、どうして測り知れない大きさの存在が苗写できましょう。

 

(3)あなた方の世界と私たちの世界、まだ人間に知られていない世界を含めた全宇宙が神の法則の絶対的な支配下にあります。その法則を超えたことは何一つおきません。すべてが自然法則すなわち神の摂理の範囲内で起きているのですから、すべてが知れるのです。

 

(4)完全が存在する一方には不完全も存在します。しかしその不完全も完全の種子を宿どしております。完全も不完全から生まれるのです。完全は完全から生まれるのではありません。不完全から生まれるのです。

 

(5)神は法則です。万物を支配する法則です。法則が万物を支配しているのです。宇宙のどこにも法則の支配を受けないものは存在しません。地震、嵐、稲妻―--こうしたものの存在が地上の人間の頭脳を悩ませていることは私も承知しております。

 

しかしそれらもみな宇宙の現象の一部です。天体そのものも進化しているのです。この天体上で生を営んでいる生命が進化しているのと同じです。物質の世界は完全からはほど遠い存在です。そしてその完全はいつまでも達成されることはありません。より高く、あくまでも高く進化していくものだからです。

 

 (6) 神は法則であり、その法則は完璧です。しかし物質の世界に顕現している部分は、その顕現の仕方が進化の法則の支配を受けます。忘れてならないのは地球も進化しつつあるということです。地震も雷も進化のしるしです。地球は火焔と嵐の中で誕生し、今なお完成へ向けて徐々に進化している最中です。

 

(7)日没と日の出の美しさ、夜空にきらめく星座、楽しい小鳥のさえずりは神のものです、嵐や稲妻や雷鳴や大雨は神のものではないなどということは許されません。すべては神の法則によって営まれていることです。

 

(8)宇宙は神の反映です。神が宇宙組織となって顕現しているのです。ハエに世の中のことが分かるでしょうか。魚に鳥の生活が理解できるでしょうか。犬に人間的思考が出来るでしょうか。星に虚空が理解できるでしょうか。すべての存在を超えた神という存在をあなた方人間が理解できないのは当然です。

 

しかし人間も、魂を開発することによって一言も語らずとも魂の静寂の中にあってその神との直接の交わりを持つことができるのです。その時は神とあなたとが一体であることが悟られます。それは言葉では言い表せない体験です。あなたの、そして宇宙のすべての魂の静寂の中においてのみ味わえるものです。

 

(9)霊それ自体は元々完全です。宇宙を構成している根源的素材です。生命の息吹です。それがあなた方を通して顕現しようとしているのですが、あなた方が不完全であるが為に顕現の仕方も不完全なのです。あなた方が進化するにつれて完全性がより多く顕現されてまいります。

 

(10)法則は完全です。しかしあなた方は不完全であり、したがって完全な法則があなた方を通して働けないから、あなたを通して顕現している法則が完全でないということになります。あなたが完全に近ずけば近ずくほど、完全な法則がより多くあなたを通して顕現することになります。

 

(11)私は原初ことは何も知りません。終末についても何も知りません。知っているのは神は常に存在し、これからも永遠に存在し続けるということだけです。神の法則は完ぺきに機能しております。あなたはもとより完全な光をお持ちです。が、それを磨きの悪い鏡に反射させれば完全な光は返ってきません。

 

それを光が不完全だ、光は悪だとは言えないでしょう。まだ内部の完全性を発揮するまでに進化していないというに過ぎません地上で”悪”と呼んでいるものは不完全な段階で神を表現している”不完全さ”を意味するに過ぎません。

 

(12)

神は愛を通してのみ働くのではあろません。憎しみを通しても働きます。晴天だけではなく、嵐も法則の支配を受けます。健康だけでなく病気を通しても働きます。晴天の日にだけ神に感謝し、雨の日は感謝しないものでしょうか。

 

太古の人間は神というものを自分たちの考える善性の権化であらしめたいとの発想から(その反対である)悪魔の存在を想定しました。稲妻や雷鳴の中に自分たちの創造する神のせいにしたくないものを感じ取ったのです。

 

(13)神とは法則です。全生命を支配する法則なのです。その法則を離れては何も存在出来ません。あなた方が憎しみと呼んでいるのものは未熟な魂の表現に過ぎません。

 

その魂も完全な法則の中に存在しておりますが、現段階においては判断が歪み、正しく使用すれば愛となる性質を最低の形で表現しているまでのことです。愛と憎しみは表裏一体です。愛という形で表現できるエネルギーは憎しみ表現する時に使用するエネルギーと同じものなのです。

 

(14)善なるもの、聖なるもの、美なるもの、愛、叡智、そのほか人生の明るい側面に神が宿っているかに考える旧式の思想は棄てなければいけません。

 

神の表現をそのように限定すれば、絶対神絶対神でなくなります。それは条件付の神、限定された霊となります。絶対神の本質は無限・全知・全能・不可変・不昜であり、それが法則となって絶え間なく機能しているのです。

 

(15)神を右手にナザレのイエスを従いて玉座に座しているり立派な王様のように想像するのはそろそろ止めなければいけません。それはもはや過去の幼稚な概念です。宇宙全体、雄大な千変万化の諸相の一つ一つに至るまで絶対的な法則が支配しているのです。神とは法則のことです。

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下に続く↓

 「夏、祈ったこと」 ウォン・ウィン・ツァン、いい曲です。

          あなたは、なにを祈りました、この夏・・・。

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