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真理との邂逅 高級霊のメッセージ

友よ、自ら思い立って真理探究を志し、行為と想念でもって意思表示をすれば、その人物がそれまでに到達したレベルに相応した知識と教えを授かるように法則が働いて、その波動と調和し始めます。そのレベルには限界というものはありません。なぜなら人間みずからが無限の霊性を宿しており、真理も無限に存在するからです。  シルバーバーチのスピリチュアルな法則より。

「あなたの考えは霊に見抜かれている」

      参考文献、上をクリックしてください。

 

muratakazuhiko.hatenablog.com

いまのような人間の考えの裏側には霊の考えがあって、それによって操られるなんてことは普通の人にはなかなかわかりにくい。 

 

これは普通われわれは体が働くのは目に見える筋肉の働きで働いていると思いがちだが、本当に体を動かしているのは目に見えない多くの神経繊維なのだという関係にそっくりであろう。

 

霊とのつき合いを重ねるにつれ、私は後には街に散歩に出たときに自分の周囲に霊がついてきているのにも気ずくようになった。そんなときには、霊は私の買い物の選択にまで口出しするほどであった。

 

私は霊に「街の様子や人々の話声が聞こえるか」と試しにたずねてみたりするほどになった。

 

しかし、最初に「お前にそんな考えをさせているのはこっちだ」と霊にいわれたときには、やはりびっくりしたものであった。

 

だが、そんな体験を経るにつれ、私は霊の考えと自分の考が区別できるようにもなった。これを度々いう夢の例と比べていえば、どんな夢が自分の夢で、どんな夢が霊が起こすのかが区別できるようになったのと同じである。

 

そして、このことから見ても霊の考えが人間の気ずかないうちにわれわれの中に入り込んでいるのかがわかるわけだ。

 

そんな区別ができるようになった最初の体験を私は日記にも書いている。

日記の日付をめっくてみると1747年8月で、そこに私は大体こんなことを書いている。

 

「朝、考えことをしていた。自分ではそのときは霊はやってきていないと思っていたが突然霊が話しかけてきたので驚いた。

 

彼はいった。「いま自分もお前と同じことを考えている」。

 

私は驚いて自分が考えていたことや自分の心の中を覗いてみた。そして彼とのやり取りと自分の考えの中を比べてみた。するとそこには自分の考えと彼の考えがまじり合っていて、彼のいうこともある程度本当だと気づいた。

 

私は少ししてやってきているのは彼だけなのか、それともほかにもやってきている霊がいるのか知りたくなった。そしてわかったことはある者は近くに、ある者は遠くにというように私との距離は違うとはいえ、多くの霊がいることだった。

 

彼らはみな私に話しかけたり、私の言葉に返事をしたりするのでそれがわかった。

そのうえ彼らのレベルも雑多で、彼らはそれどれのレベルと性質に応じてそれぞれの仕方で私とやりとりするのであった。

 

また、彼らのいる場所も見えたが、善霊は陽光の降り注ぐ森や気持ちよさそうな牧場のようなところにいるのに、悪霊のほうはうす暗い場所とか、水のくさった池などにいるのであった・・・・・・」

 

続スウェデンボルグの霊界からの手記 今村光一抄訳・編

 

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