真理との邂逅 高級霊のメッセージ    無限なる愛と無限なる叡智をあなたへ

光輝く愛の奇跡の言葉をあなたへ。親愛なる友よ、静穏の中、心奥の心の声で【霊読】御読みください。 愛はあらゆる力ではあるが、謙譲である。愛は空虚な誇示をすることなく、その業蹟を誇ることもない。第十三話 94  たとえあらゆる智識を得、どんなことでも為しうる信仰を行じようと、胸(ハート)に愛がなければ、あなたたちのなすことは何らあなたたちの為にはならない。  第十三話 90               慈悲深い神は、こんな私でも真理の光をさずけて下さる。      蒼氓。      吾は神なり

第二話 71~75

 

 

71

今宵わたしが懸っているこの人体は、現にあなたたちが見ているように青年の姿であり、顔貌は活力に満ち、肢体はあらゆる細胞を再生す力で満ちている。それは私の意識が今彼の意識と一つになっているからである。わたしが彼に懸っているこの瞬間、愛するこの同胞の意識はわたしのそれと全く一つなのである。実在においてわたしたちの間には何の分離もない。分離とは心の幻影である。

 

 

72

この広大なる真理の何と偉大なることか。この力をあなたたちが今受け容れるならばあなたたちの肉体はすべて生命で満たされるのである。それは、父なる神があなたたちの中にも又いますからである。

 

 

 

73

わたしの父なる神によって一切がわたしに託されている。父を除いては誰がその子であるのか、何人も知らない。又子を除いては誰がその父であるのか、更に又、誰にその子は父を明かすのか何人も知らない。

 

 

 

74

このような話はあなたたちには奇異とも思えようが、深く考えればその内なる意識が明らかとなるであろう。

 

 

 

75

父は子を知り、子は父を知る。子はまた自分が明かしたいと思う人々に父を明かすこともできる。子は父を知り、父は子を知るからである。

 

 

 

            心身の神癒 : 主、再び語り給う                                                        

                         M.マグドナルド・ベイン著 ; 仲里誠吉訳                                                                                                   

                                          霞ケ関書房, 1972   

 

 

 

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第二話  66~70

 

 

66

キリストは世に降誕した神の子であり、世がその相貌を変えるまで世に留まる。故に天において成就されている父の意志は地上においてもまた成就するであろう。

 

 

67

神に対する呼び名のひとつに『われわれの父』というのがある。これはわたしの知るものうちでも最善のもである。あなたたちが自分を創造り給うた方について智識が増えるにつれて、この呼び名はいよいよ含蓄の多いものとなるであろう。

 

 

68

あなたたちはこの父なる神の映照であり、肖像である。父と自分とが一つであることを願ったとき、もともと常に実存していた結合関係があなたたちにもそれとわかるようになる。しかしこの言葉が単に言葉として心の中に留まるだけであってはならない。本当にそれを了解しなければならない。この言葉の本当の意味はあなたたち自身の中からのみ来る。

 

 

69

あなたたちが今耳で聞いていることはあなたたちの記憶にとどまるであろう。わたしが語ったこれらの言葉をあなたたちは忘れることはないであろう。それはあなたたちの心情の中にたゆたい、やがて真理のみ霊があなたたちの中に顕現れ始めるであろう。すでに神の中に確立されたものは人の意識の中にも確立されなければならないのである。

 

父なる神との一体を体得することによってかくのごとき意識はあなたたちの中に確立されるのである。

 

 

70

このことが事実であることをわたしは知っている。

 

意識のより高き界層へと移って行った人々はすべて、このことを悟得することによって生ずる強大なる力を理解し始めている

 

 

 

      心身の神癒 : 主、再び語り給う                                             

          M.マグドナルド・ベイン著 ; 仲里誠吉訳                                                                                   

               霞ケ関書房, 1972   

 

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 参考、

 

 

そうぼう【相貌】とは。意味や解説、類語。1 顔かたち。

 

 

 

 

 

 

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第二話 61~65 わたしは愛によって父なる神と一体である。汝魂を尽くし、情念(ハート)を尽くし、心を尽くし、力を尽くして汝の神なる主を愛すべし。汝の隣人を己自身のごとくに愛すべし。

 

 

61

神我は父なる神、すべてを支配し給うみ霊、生ける大生命のみ子であり、すべての魂の中に宿っている。聖霊とは、「吾れは生命なり」と悟了したキリスト意識の完全なる顕れである。何ものもあなたたちを襲うことはできない、なぜならばわたしは裡なる征服者であるからである。あなたたちが自分自身の情念と精神との中でこの真理を感じ得るならばあなたたちもまた征服者であり、従って無碍自在でありことを知るであろう。

かくて感官という悪魔は征服される。『サタンよ、わが後ろに去れ』。

 

 

62

では神我を通して神を拝するがよい。その他に道はない、未だかってあったためしもない、形ばかりを除いては。わたしはかつて生き、十字架につけられた者である。

しかし見よ、わたしは尚も永遠に生きている。

 

 

63

わたしは道であり、生命である。何人もわたしによるのでなければ父のみ許には参れぬ。

   キリストとは必上無限の生命意識が世に顕現れたもののことである。

 

 

64

神我は真理であり、生命であり、すべてを神に結び合せる愛である。

 

愛によってのみあなたたちは神と偕にあることができるのである。

 

それは神が愛でからである。

 

 

65

わたしは愛によって父なる神と一体である。

 

汝魂を尽くし、情念(ハート)を尽くし、心を尽くし、力を尽くして汝の神なる主を愛すべし。

 

汝の隣人を己自身のごとくに愛すべし。

 

 

 

     心身の神癒 : 主、再び語り給う                                   

         M.マグドナルド・ベイン著 ; 仲里誠吉訳                                                                    

              霞ケ関書房, 1972   

 

 

 

 

 

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第二話 24~27     愛する人々の死

 

あなたたちは自分達の間から偉人が死んでいくのを損失だと思う。

しかしそうではないのである。

なぜならばこれら偉大なる精神の所有者達はますます偉大になっていき、あなたたちを置去りになど決してしていないからである。

彼らはこれまでよりも猶多く実在の中に生きている。

故にあなたたちは何ものをも失ってはいず、むしろこれまでよりも多くのものを得ているのである。

あなたたち自身の身罷(みまか)った愛する人々を考えてみるがよい。

彼らを失ってしまったとあなたたちは思い込んでいる。

わたしは保証するがそれは真実ではないのである。

彼らはこれまでよりも優れた者となっており、これまでよりもあなたたちに近いのである。

従って又、わたしもあなたたちを置き去りにしたのではなく、依然としてあなたたちと偕にあることが、今解ったであろう。

わたしは世に在って世を変え、すべての人々が内在の真理を悟り、自分の神性を自覚するようにすべての人々の心を高めつつあるのである。

 

あなたたちは自分自身の真我を知れば知る程わたしを一層理解するようになるであろう。 

 

    

 

         心身の神癒―主再び語り給う 

                第2話 24-27 

 

 

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参考、

 

身罷(みまか)    《身が現世から罷 (まか) る意》死ぬ。

 

  

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第二話 30~34  神意識とは一体自分にとって何を意味するのか

 

 

 

 

 

 30

 

神意識とは一体自分にとって何を意味するのか

 

『 神意識とは一体自分にとって何を意味するのかを、今、考えてみるがよい。それはわたしの中にあるのと全く同様にあなたたちの中にある意識なのである。

意識に違いはない。ただ違うのは、

自覚、すなわち意識の悟りの程度である。

 

 

31 

神の意識は部分々々に分裂しているのではない。

 

従って自分はこの一部であるとかあの一部を形成しているなどと云えるものではない。

神は一箇の完全なる全体であり、全体として神御自身を表現している。

あなたたちは神の中に生き、動き、存在を保っているのであり、神はあなたたちの中に生きているのである。

この事をあなたたち自身の意識によって自覚するがよい。

そうすればあなたたちの意識は一切を支配する力となる。 』

 

 

32

未だ嘗て熱心な祈りが無視されたことはない。神はあなたたちが求める前にあなたたちの必要とするものを知り給う。

 

 

33

神は愛である。故に愛に満ちた心情を以て神を敬まわねばならぬ。息子がパンを求めるのに石を与え、魚を欲しがるのに蛇を与えるものがいるだろうか。

 

 

34

真の愛については何も解っていないあなたたちでさえ、自分の子供たちに対する物の与え方を知っているとするならば、真の愛そのものである神は御自分に求める人々対していかに遥かにより多くの善き物を与えられることであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

                    心身の神癒―主再び語り給う  

                                      第2話 30-34  

 

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備考、

           深遠な御言葉に、父に感謝します。

                                                                                                    蒼氓。

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第2話12~16 一切が自分の意識を通じて自分自身の生活に現れてくる、なぜなら意識こそが自分の中にまします父なる神ご自身であるからである。これがわたしの常に自覚していることである。これが又あなたたちも自覚しなければならないことである。

 

 

 

 

第2話

 

 

 

 

 12

本ものは霊の界層にあるのであって、そこにこそあなたたちは真我として実在するのである。外側ものは写しにしかすぎず、五官を通じて外界に反応する心の技巧のために真我がボヤけさせられているのである。

 

 

 

 

13

裡なる実相を、その驚くべき愛と平安との力を、外に顕現せしめよ。全宇宙を貫いて存する創造原理は人間の目には見えず、天使達の目にも見えないが、ありとあらゆるものの中に在る実相として、形成過程として、創造原理として実在し、それによって一切の目に見えるものが現れ出るのである。故に、無智と恐怖とで裡なるものを曇らしてならぬ。

 

 

 

14

わたしは生命である。わたしは自分が生命であることを⁂直覚知している。直覚知するが故にわたしは生命そのものである。およそ造られてあるものはわたしを通じわたしによって造られたたのである。

わたしと父なる神はひとつである。なぜならば、その他に生命といってはないからである。

 

 

 

15

わたしの見るものや知っていることをコトバであなたたちに伝えることはできない。しかしあなたたちの裡に霊があり、それが永遠の今現に存続している栄光をあなたたちに啓明するであろう。

 

 

 

16

このみ霊の力に関する理解がペテロの信仰の基礎であり、又わたしの弟子たちに奇蹟を演ずることを可能にしたのである。しかし法則がわかってしまえば奇蹟は奇蹟でなくなる。自分の裡なるこの強大な力をあなたたちも又把握しきったとき、創造原理が他ならぬ自分自身の意識の中に実存し、自分意識こそが創造原理の顕現される手段であることを知るであろう。一切が自分の意識を通じて自分自身の生活に現れてくる、なぜなら意識こそが自分の中にまします父なる神ご自身であるからである。これがわたしの常に自覚していることである。これが又あなたたちも自覚しなければならないことである。

 

 

 

 

      心身の神癒 : 主、再び語り給う                                    

          M.マグドナルド・ベイン著 ; 仲里誠吉訳                                                                    

               霞ケ関書房, 1972   

 

 

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 参考、

 

ちょっ‐かく〔チヨク‐〕【直覚】 [名](スル)推理や考察によらずに瞬間的に物事の本質をさとること。直観。「新しい時代への変化を直覚する」

 

 

直覚知

 

…この高次の働きが,ときにまた知ないし知識の名で呼ばれることから,事態はやや錯綜した観を呈することになる。すでにプラトンが,間接的な識別知としての〈ディアノイアdianoia〉の上位に,問答法ないし弁証法によって到達されるべき一種の直覚知を置き,それ以来,感覚的臆見,間接的識別知,直覚知という三分法は,西欧の思考の歴史において広く行われてきた。フィヒテの〈知識学〉やヘーゲルの〈絶対知〉にいう知ないし知識は,この伝統をふまえて,識別知と識別以前ないし識別を超えた直覚知にいわばあいわたる微妙な位置を占めている。…

 

  

 

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第2話 6~11 わたしは止むを得ずしてあなたたちの言葉や表現法を用いなければならないのであるが、これは霊的真理を伝えるには全く不適当である。

 

 

第2話

 

6

先づ始めに、『吾在り』(4)、そして又『永遠に在るべし』を徹底的に学ぶことである。あなたたちの現在の状態は霊的進歩のための機会である。あなたたちの今在る状態は極めて必要なものなのである。およそ存在するものことごとく霊であり、霊の他には何ものもありえないーーという大いなる真理を学びとるようになるとき始めてあなたたちの目より鱗が落ちる。

 

 

8

わたしは止むを得ずしてあなたたちの言葉や表現法を用いなければならないのであるが、これは霊的真理を伝えるには全く不適当である。しかしあなたたちは内なる霊に対して自分自身を開くことによって、わたしの語ることが真実であることを知るであろう。

 

 

9

そこでわたしたちは、神とその子孫である人類についての大いなる真理について共に考えてみよう。

 

 

10

あなたたちは、本当のあなたたちは、外側のもの、目に見える形ではなく、また、現象我が本当のあなたたちでもない。なぜならそれはあなたたちの真我の相とは遥かかに距っているからである。あなたたちは実在の中に住んでいる意識者、天よりの声である。この裡なる天よりの声を自覚するようになるがよい。そうすれば又わたしのことも分かるようになるであろう。

 

 

 

11

人は非常に美しい景色を観ればそれを画布に描き度くなるものであるが、その結果はただその写しでしかなく実物とは全く比較にならない。あなたたちの場合もそれと同じである。

 

 

 

 

                心身の神癒 : 主、再び語り給う                                   

                                 M.マグドナルド・ベイン著 ; 仲里誠吉訳                                                                    

                                               霞ケ関書房, 1972   

 

 

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参考、

 

 

仝上=同上

 

訳者註4    

 

神学者の説によれば、旧約聖書時代の神ヤーウェー(Yahaweh)という聖名の意味を示す定句ではあるが、その意味する処は、厳密ににいえば不明瞭であるという。その全文は I am that(又はwhat) I am. とされ、ヤーウェーの原義は(存在すること、推移させること。或は又、在らんとする者)であり、神自身が自らを称する時は Iam.或はIwill be. という。「能動的、自己顕現する存在者」(active and self-manifesting Existence)とする解釈(新教出版社、聖書大辞典、310頁が真実義に近いと思われる。 その真実義は Good I am (吾神なり)の略、このGod(神)には、超越不普遍神(インド宗教哲学にいうブラフマン「梵」と内在神(仝上アートマン)の二義があり、本書でも強調されているのはこの内在神としての I AM.である。ギリシャ化した古代ユダヤ人は神聖な神の御名の代わりにギリシャ語 KUPLOS (主)と書き、これが、新約聖書において確立され、その英訳が Christ であるという。これに定冠詞のついた the Christ は本書にあっては、エス自らが、各人に内在する主(神)の意味であることを、くり返しくり返し強調し、宣言しておられる。

 

 

 

      心身の神癒 : 主、再び語り給う                                                                         

          M.マグドナルド・ベイン著 ; 仲里誠吉訳                                                                                                          

               霞ケ関書房, 1972   

  

 

 

 

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