真理との邂逅 高級霊のメッセージ   

  「わたしは生命である」神の生命がわたしの中で生き給うが故にわたしは生きている。生命は神であり神は生命である。 心身の神癒 第6話6 *****あらゆることのうち最も重大なのは、神のみが生きてい給うのであり、その神が今の今御自身を顕現しつつあるのを認めることである。私の中に常に留まっておられるのは父であり、父が父御自身の業をしていらっしゃるのである。

第2章啓示と宗教 Q11あなたのおっしゃる「宗教的寛容」を明確に説いていただけませんか?宇宙が絶対的自然法則によって支配されているとか、その法則は完璧で永遠不滅であるといった教えは、ある意味では、ドグマ的で、寛容にかけているとはいえないでしょうか?

私はこれまで、絶対に間違ったことは言わないと主張したことは一度もありません。

 

あなた方と同じ人間的存在であり、理性に訴えることを第一の心がけとして真理をといてきました

 

私のいうことを拒否したら罰が当たるようなことは、暗に、におわせることもしていないつもりです。

 

こちらへ来てみてわかった真相はこうなっていますということをお伝えいているだけです。

 

どう受け取るかは、あなた方の判断に任せます。

 

なるほどと納得がいけば受け取ってください。納得がいかなければ拒否なさればよろし

 

信頼を勝ち取る方法がほかにあるでしょうか?ご利益(あめ)と天罰(むち)ですか?とんでもない。

 

私たちは、愛と常識で信頼を勝ち取り、共通の基盤のうえで語りあえることをモットーとしてのぞんでいます。

 

       崇高な存在との対話38p

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備考、

私のブログも、この言葉を使わせてもらいます。なるほどと納得がいけば受け取ってください。納得がいかなければ拒否なさればよろし。                      

                                                                            蒼氓。

 

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霊の世界では、名前は何の意味もありません。

 名声は何の価値もありません

 霊の世界では、名前は何の意味もありません。 地上時代の名声は何の価値もありません。 魂の価値は地上時代の肩書きではなく、何をしたかによって自ら裁き、それがその人の個性を築くのです。

霊界での唯一のパスポートは、魂の発達レベルです。 それが赤裸々にさらされるのです。 ごまかすことは出来ません。 嘘をつくことも出来ません。 見せかけも通じません。 霊界へ来ると、地上時代の仮面がはぎ取られ、あるがままの姿が知れてしまいます。 魂の霊的発達レベルが、誰の目にも分かります。 名声が何になるでしょう。 子供のオモチャのようなものです。 何の価値もありません。 そもそも名声はどうやって得られるか、考えてみて下さい。

お金があるとか世間的に出世したとか、そんなことで名が知れたに過ぎません。 キリストは、そんな名声は一切求めませんでした。 先師、聖者、先駆者、改革者と言われる人たちは、名声を求めたでしょうか。 大切なのは、どれだけ人のためになることをしたかであり、その人の名前ではありませんですから、有名人の名前を名乗って出る霊には、気をつけた方がよろしい。 判断の基準は何と名乗っているかではなく、どんな態度でどんなことを説いているかです。 もしも霊である私の言うことに、あなた方人間の知性を侮辱し、理性を反発させるところがあれば、遠慮なく拒絶して下さい 。

 

 

           シルバーバーチ霊訓(10)

 

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「Q10]霊が意識をそなえた個的存在となるには、物質の世界との接触が必要なのでしょうか?

そうです。

 

意識を獲得するためには、物的身体に宿って誕生し、物的体験を得なければなりません。

 

「物から霊へと進化していくのです」。つまり物的身体との結合によって、物的身体象を通して自我を表現することが可能となります。

 

「霊」は「物」に宿ることによって自我を意識するようになるのです。 

   

         崇高な存在との対話197p

 

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「まったく赤の他人にスピリチュアリズムの教えを説くにはどうすればよろしいでしょうか」

 

 

 

これに対してシルバーバーチが「難しい質問ですね」と言うと、司会のハンネン・スワッファーが「それは相手によって違いますよ」と口添えする」するとシルバーバーチが改めてこう説いた。

 

「人それぞれに要求するものが異なることが、まず理解しないといけません。

霊的成長度が一人ひとり異なるからです。ある人は聞かれなくなった声を聞きたい(霊言)と思い、触れられなくなった手をもう一度しっかりと握りしめたい(物質化現象)と思います。今なお愛が続いていることを確認したいのです。そういう人にとっては、自分を愛する人だけが関心の的であり、それはそれなりに、やむを得ないことです

 

またい一方には、自分の個人的なことよりも、科学的な関心を寄せる人もいます。宗教的観点から関心をもつ人もいます、哲学的観点から関心をもつ人もいます。まったく関心を見せない人もいます。こうした人それぞれに対応した答えがあります。

 

私たちの側から申し上げられることは、次のことだけです

*1*生命は墓の向こうでも続いていて、あなたは個性をもった霊としてずっと存在し続ける。--このことは間違いない事実であり、筋の通ったものであれば、どんな手段を講じてもよいから、わたしたちの言っていることが本当かどうか試されるがよろし。

 

最終的には、理性ある人間ならばだれしも納得いくはずです。理性を欠いた人間には、つける薬はありません、と」

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  地上人類への最高の福音 シルバーバーチの霊訓

         9章霊の優位性の自覚にもとずく修養的生活

           トニー・オーツセン著 近藤千雄著

 

 

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「シルバーバーチの新たなる啓示」 スピリチュアルな言葉が教える”生きる”ことの意味 トニーオーツセン編 近藤千雄訳

 

 

本書の編者・オーツセンは、バーバネルの直弟子として知られる、英国スピリチュアリズムの第一人者。

「サイキック・ニューズ」の初代編集長であった故・モーリス・バーバネルから最も信頼された部下として知られる。バーバネル亡きあとは同紙の編集長に。

 

   この中の五章 愛は死を超えての168pより

 

サークルのメンバーーーいつも同じ答えに戻ってくるようですね。つまり、何事につけても、当人の霊的才覚の発達がカギを握っているということです。

 

「そうですとも。その通りです。摂理は完璧です。摂理の働きが狂うということは絶対ありません。かならず摂理どうりになるのです。償いも完璧ですし、報いも完璧です、公正も完璧です、行きわたらないところは絶対にありませんし、あらゆる面で完璧です。完全な叡智によって編み出されたものだからです

 

あなたが手にするものは、あなたの努力に相当するものだけです。あなたの霊性の進化は、それ相当の努力をした分だけです。今あなたが置かれているレベルは、これまでに努力してきた、その成果です。それより高くは上がれませんし、またそれより低いところへ下りたいとも思わないでしょう」

 

 

備考,霊性の進化は、コップで水をのむがごとく、一気には上がらない、振り子のごとく揺れながら徐々に少しずつ進化していくようです。         管理人。

 

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「わしは死んで埋められたっていう話なのだ。そして、わしは自分が埋められるとこも見たし葬儀の鐘も聞いた」

でもそんなことってあるか。死んだ人間に鐘の音なんか聞けるか?

 

それにわしは現にこうして生きてお前と話をしている。 わしが死んだなんていうのはうそさ。

 

私が「死んで霊になったのだ」と説得すると彼はびっくり仰天した顔でぽかんとしていたものである。

 

死んでまだ間がなく霊界についてまだよく知らない霊にはしばしば起こるのがこれと同じような現象である。

 (訳者注 死んだ後でも自分の葬儀のもようなどが見えたりすることは、いまでは多くの研究で実証されている。だからここでスウェデンボルグが挙げているいるのはそんな一例ということになる)

 

 

これは肉体は死んでも霊として自分が生きているので、まだ自分は人間だと思っている例である。

 

だが、霊に自分と人間の区別できにくいという現象は死んで間もない霊の場合でなくともいくらでも起きる。

 

これは憑依の中でよく起こる現象を見れば誰にでもわかる。

 

人間に憑依した霊と問答してみると、霊たちのほとんどは

 

自分が憑依した対象の人物そのものだと思ったりしているものである。

 

ある中年女性に憑依した青年の霊でこんなケースがあった

 

この女性は男の霊に憑依されたために声も男みたいな声になり、その行動もそれまでと違って男っぽい行動をしたり、仕草をするようになった。

 

だが、面白いことに、この霊と問答してみると彼はこんなことをいった。

 

「おかしいな、僕はどうしてスカートなんかはいたりして女みたいな身なりをしているのだろう。それに化粧までしている!」

 

彼には憑依した対象の人物が見えたのだが、憑依した相手を自分だと思っているのだった。こんなケースは憑依の場合にはいつも起こる。

 

私はさっき「人間に返りたいがゆえに私と一緒にいたい」といった霊のケースを紹介した。この霊の場合、自分が霊になっていて私とは別の存在と自覚していたわけだが、実はこういう例はむしろ少ないといっていい。

 

私は三十年にわたって霊とのつき合いの中でいつも自分と一緒にいる人間を自分自身だと思っている霊に”訪問”された。そういう霊は私のところに”訪問”してくるとき、いつも私を自分だと思っている。

 

そこで私は「私はあなたと違うスウェデンボルグという人間で、あなたは人間でなく霊なのだ」と教えてやったものである。

 

だが、こういう場合にもっと面白いのは、きまってというほど彼らがいつもいうことでった。

 

「そんな変なことを聞くのは初めてだ。なにがなんだかわからなくなった」

 

つまり彼らはいつも相手の人間には気ずかれずに誰かと一緒にいて、その人間を自分だと思っている。

 

しかも相手の人間のほうもそんな霊が一緒にいることは知らないので、私がいまいったようなことを霊にいうことはない。

 

そこで彼らは「そんな変なことを聞くには初めてだ」といって首をひねることになる。

 

こういうケースは読者の想像どおり毎日毎日あなた自身にも起きている。そしてそのことはただ憑依のように目立った現象が起きたときにだけ気ずかれるということになる。

 

このことからは霊と人間は霊にも区別がつきにくいほど一心同体的なものだということがわかる。

 

さて、このように人間と霊は人間の側からはもちろん霊の側からも区別できないケースが多い。

 

 

だから霊の考えが人間に影響して、その考えによって人間が行動することがあっても当然なわけだ。

 

 

早い話、霊媒は霊がやってきたときには霊の考えをしゃべっているのだ。

 

憑依された人間は憑依した霊によって動かされているのだから。

 

 

続スウェデンボルグの霊界からの手記  今村光一抄訳編

 

 

    

                     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

御覧のように、肉体は有限、霊は永遠なものなのです。

                        蒼氓。

 

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「読者が考えている”自分の人格”や”自分の考え”だってこの点では同じで、どこまでが本当に自分のものかはそう簡単にはわからない」

 

読者は、自分の夢でないものまで、自分の夢と考えてきたのと同じで、

 

自分の人格でないものまで、自分の人格と考えているはずなのだ。

 

しかし、この点で興味があるのは霊にも自分と人間が区別できない場合が多いということだろう。

 

人間に自分と霊が区別しにくいように霊にも自分と人間が区別しにくいのだ。

 

私はそんなケースを多く見てきているが、とくに面白い例を挙げてみる。

 

私が生前知り合いだっつたスウェーデン国王と霊界で会ったとき、国王は死んでまだ

 

十五日しかたっていなかった。彼は私にこういった。

 

 次回に続く、こうご期待。国王はなんといったか、?

 

備考、 世界三大霊訓、 シルバーバーチの霊訓、モーゼ  スの霊訓、アラン カルデックの霊の書。

 

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